2017年2月19日日曜日
主人公はどっち!第一話
プロローグ
薄暗い、だが微かな夜の光が照らし出されている。
静まり返った洞窟の中には物音ひとつ立たず、そして人の……いや、人だけではなく生
物のありとあらゆる気配は一切としてない。
寒気がする。そしてどこか不気味な風が外から吹いてくるような感じさえする。
「うう。今日は大変に疲れましたよ。皆さんはいつも私に仕事を押し付けなさる。私とて、
機械ではないのですのに」
青年は独白して、薄暗い夜の光に照らされて外を歩いていた。
疲労を感じているその青年の姿。どこか皮肉めいた口調と、そしてその口調に見事マッ
チしたような細身の体。
青年は、洞窟の外の古びた樹にもたれ掛かり、幾度と溜め息をついていた。
その時だった!
シャーッ
「ん?」
突如として青年の目の前に一線の光が咆哮を上げた。いや、目の前に一線の光が現れた
というより、洞窟の中へと差し込んでいるような感じである。
「な、なんですか?」
青白いその光は、夜の薄暗い光よりもさらに薄い色をしてはいたが微かに見え、そして
青年のそばを通って洞窟内へと差し込んだ後、徐々に消え去っていった。
青年は疲労で思考があやふやではあったが、その妙な光が気に掛かり、だがしばらく呆
然と立ち尽くしていた。
「……今のは、一体なんだったのだ? 気のせいなのですかね……」
青年は、ふと夜空を見上げてみた。
なんの変貌もない。いつもの、そして見慣れた夜空である。
一旦立ち上がって、青年は洞窟の出入り口へと近寄り、中を覗いてみた。
「ふむぅ……」
なんの変哲のない普段同様の真っ暗な洞窟。
その光景を一瞬明るくしたのが、さきほどの光だ。
だが、今はなんの変哲もない。
青年は、洞窟から振り返って再び夜空を見上げた。
せいじゃ むね こん
いくつもの輝く星の中には、幸福をもたらすと言われている《聖者の胸》と呼ばれる金
じき
色に棚引く小さな星と、邪悪の源、人の心の奥底に存在している悪の根源を引き立てて、
じゃしん めがみ
さらには不幸を与えると言われている《邪心の女神》と呼ばれる暗黒色に光る星が、夜の
色の中で互いが互いに反発し合うように輝きを共にしている。
「やっぱり、気のせいなのですな」
そんな星を見上げているうちに、青年は無意識に家路を歩きはじめていた。
数秒歩いた後、青年はよからぬ嫌な予感を感じた。
いや、「嫌な」というのは多少異なる。なんとも不思議なものを胸の奥で感じとった。
〈青年よ〉
どこからかそんな声が聞こえた。
青年は、そのどこから聞こえたのか分からぬ声に不快な表情を携えて辺りを見渡した。
人の気配はない。すぐ近くには誰もいない。
「誰ですかな?」
青年は無意識のうちに問い返していた。
するとそれに応えるように声が返ってくる。
〈来てほしい。伝えなければならぬことがある〉
その時、それが声ではなく直接頭の中に囁いてきたことを、青年は理解した。
「あなたは一体……?」
〈私は、ここだ〉
その声と共に、青年は頭の中から導き出す方角に向かって視線を向けた。
「……洞窟?」
その視線の向こうには、真っ暗な洞窟が、ある。
青年は自分に語りかけてきた声が、今、目を向けている洞窟からのものだと、直感的に
感じとった。
「洞窟に、いるのですな?」
青年はそう言葉にして問うてみたが、それ以上声は聞こえてこなかった。
しばらくの間、青年は多少距離のある洞窟の入り口を眺めてみた。
なんの変哲もない……いや、なんの変哲もなかったはずの洞窟の奥の方から、今はうっ
すらと光が見える。
「……あれは一体」
青年は洞窟の奥の方から覗ける小さな光を視界に捕らえた瞬間、それに吸い取られるが
ごとく洞窟に行きたいという衝動に駆られ、近寄り始めた……。
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