2017年5月27日土曜日

クフメイルの身長

今日はなんとなくクフメイルの身長について書きます。

キャラクター紹介のページでクフメイルはとても身長が高いとか書いていた気がするのですが、実際どれくらいなんだろう。数値としてあげたことはないけどおおむねどんなものか。9周年のときに描いたイラストを見てみると。



うん、ほかキャラより高いですね。

ではクフメイルの身長は、


2017年4月15日土曜日

オムタルヴィとクフメイルを振り返る

Sophiahill 4のオムタルヴィ、


そしてSophiahill 別編3のクフメイル。



今日はこれら二つをセットで取り上げて記事にしてみることにしました。
なぜセットかは後ほど。

ちなみに過去の振り返りは以下のリンクにあります。

リカモーネ
ラヌアルピニ
サフィポッド

では振り返ってみる。


2017年3月25日土曜日

サフィポッドを振り返る

サフィポッドとはRPG、Sophiahillの2ではあるがもともとの2であった「ケランジェロ洋服店」のシナリオや顔グラなどを全体的に大幅に修正、追加したもの。ケランジェロが出てくるケランジェロシリーズとしては最初の作品。時間軸としてはリカモーネ、ラヌアルピニの前。作ったRPGの中で最初から最後までちゃんと作ったのはこれが初めてだった気がする。最も力を入れた作品の一つ。


今回はリカモーネラヌアルピニに続いてサフィポッドを振り返ってみる。

2017年3月18日土曜日

ラヌアルピニを振り返る

ラヌアルピニとは、Sophiahillの別編2、サフィポッドとクフメイルの間くらいの時間軸にあるADVのこと。RPGしか作ってこなかった自分としては初のADV。



前回のリカモーネに続き、今日はラヌアルピニについて振り返ってみる。

2017年3月4日土曜日

リカモーネを振り返る

リカモーネについて振り返ってみる。

リカモーネとはSophiahillの世界観をもとに作ったゲーム。
時間軸的にはサフィポッドとラヌアルピニ~クフメイルあたりの間のSophiahillの3。
チャプターは7までの途中までしか作っていない未完成の作品。
今は公開終了しているゲーム。



今日はそれを振り返ってみる。

2017年2月26日日曜日

Last Arkeydear 様

有里様(Last Arkeydear)によるarylworks.netのゲーム攻略ページ

アリルワークス カテゴリ
http://blog.livedoor.jp/arkeydear/archives/cat_50035037.html

リカモーネ
http://blog.livedoor.jp/arkeydear/archives/52092941.html

サフィポッド
http://blog.livedoor.jp/arkeydear/archives/51893813.html

ラヌアルピニ
http://blog.livedoor.jp/arkeydear/archives/52025471.html

クフメイル
http://blog.livedoor.jp/arkeydear/archives/52025700.html

オムタルヴィ
http://blog.livedoor.jp/arkeydear/archives/52028240.html
  • 概略
時々、ゲームのレビューサイトではありがたいことに自分のゲームを記事として扱ってくれることがあります。しかしそんなレビューサイトの記事とは比較にならない膨大なデータ、テキスト量を扱ってくれてくださっている方がいました。つい昨日、たまたま足を運ぶことになった有里様のサイトです。

2017年2月19日日曜日

クフメイルの紹介






ゲーム内容

世界には100種類の未知の薬をひとつにするとあらゆる病を治せる「100の治療薬」になるというのです。それを作りましょうというお話です。

システム
1 調合をしましょう


成分を購入した後は自分で成分を選んで調合します。
1度成功するとその薬はノートに記録されるので以降はノートから調合できます。

2 ピン猫に掃除と探索をお願いしましょう

ピン猫は探索して成分を集めてきてくれます。
探索で行ける場所はピン猫のレベルが上がると増えます。
またお店の集客率に影響する汚れからお店を守ってくれます。

3 お店の整備と改修をしましょう

成分や作った薬、お店に並べる棚のスペースを町の大工さんにお願いします。
スペースが増えると経費がかかるようになるので、整備も忘れずに。

その他

ヘルプがゲーム内メニューにあるので初めての方は一度お読み下さい。
ゲーム内ステータスは直接マウスカーソルを重ねることでステータスの説明を表示できます。

ミドとピンの工場復興発端物語 3





                         第四章 奇禍術?





「奇禍術? なんだミそれ?」

「奇禍術ってのは、僕たち縫いぐるみ特有の術らしいんだピン。んでもって、何が起こるか分

からないって術なんだピン」
  ・・・
「らしいってなんだミ? 自信がねえってことかミ?」

「そうだと思うってことだピン」

「思う? 思うってどういう  」

「うるせーピン! 黙って聞けピン! ったく、このくそミドは……」

「ま、いいミ。でもそんなわけの分からない術で、その工場の戦乱を食い止めたってことなの

かミ?」

「んん……。まあ、少しだけ違うけど。ま、そういうことだピン。僕が教えてもらったのは、

その下級レベルの術なんだけどな、ピン」

「なんだ、所詮ザコかミ」

「やっかましーピン! おめーにそんなこと言われたくねーピン」

 ピンは再度ミドを踏みつぶした。ミドは倒れながらばたばたともがくが、ピンの足元には及

ばない。

「ふふふ。分かってないようなら体で教えてやるピン。……むむむむ」

 ピンは真剣な表情で何かを唱え始めた。ミドにはピンが何を言っているのか分からなかった

が、とりあえず待ってやった。

「ダイン!」

 大声を出したと同時に、風が止まる。空気の流れが完全に制止し、空を舞う雲も止まってし

まった。

 ミドは何がなんだかわけがわからず、だが、とにかく動けなくなったことは自分でもすぐに

理解できた。

(な、なんだミ  う、うごけねえミ。なんで?)

 考えながらピンを見る。

 広い草原の中で、ピンだけが普通に笑みを浮かばせて行動する。見下すピンを、ミドは頭に

きて仕方がなかった。

(こんのくそピン! いつも俺を下っ端のように見やがって! いつか後悔させてやるミ!)

「分かったかピン? 今回はこんな感じだけど。まあいろいろとあるピン。………はっ!」

 瞬間、また元に戻る。

 雲はゆっくりと流れ始める。ミドもまた、起き上がる。

(あー、まいったミ。ん? ちょっと待てよ?)

「ってことは、俺もその技が使えるのかミ?」

「知らねえピン。おめーじゃたぶん、駄目だなピン」

「な、何?」

 ピンのきつい言動で、ショッキング状態。

「……くそ。まあそれは、我慢してやるミ」

「いや、べつに我慢なんかしなくて、どんどんかかってこいピン。こっちはいっこうに構わね

えピン」

(くそっ。このくそピンのやろー! 生意気な奴極まりねーミ)

 ミドは、やったところで勝機がないことが分かったので、仕方なく立った。

「ところで  」

「ところでじゃねーピン。話逸らすんじゃねーピン。かかってきやがれピン」

「……くっミ」

(くそピン! ちくしょー……)

 ミドは耳をピンと立て、怒声を上げようとしたが、とりあえず今は抑えた。

「で、何が言いたいんだピン?」

「ふう、えと、その、なんだ? ブ……ブネ……、なんだっけ?」

「ブネルーさんだピン。ったく毎回聞きまくりやがって。……まあいいピン。教えてやるから

心して聞けピン」

「こんの……」

(ま、いいミ)

 疲れで喋る気にもならなくなり、ミドは空を見上げた。

 ピンの右手は淡く光っている。先程の術のせいで……、いや、それもあるだろうが、それだ

けではないようだ。

 工場改革の発端、カンドゥの腕輪がピンの腕にはまつわりつくようにかかっている。それの

影響があってのものだろう。

「っとその前に、お前は俺が工場を破壊したことを知ってるミ。でも、なんでそんな正確なと

こまで知ってるんだミ? 例えば俺が焼却炉に液体を  」

「っだから、さっき、それはブネルーさんから聞いたって言ったじゃーかピン! だから奇禍

術の話をしたんだろーが! ったくほっんと頭わりーな。脳みそ入ってんのかピン? あ、縫

いぐるみだから入ってるわけないか」

「そんなことまでよく知ってるな。そのブネルーってやつ」

「猫の話を聞けピン!」

「うげべっ」

 ミドを超後ろ回し蹴りで攻撃! ……ダウン。

 ピンはすっきりし、大きく息を吸った。

「このくそミドが。寝ながら聞いてろピン! 詳しく言うから、質問すんじゃねーぞピン!」



                                    



「隊長! もう駄目です! 味方は僕ら三人しかいないし!」

 森の中、ピンを含む残りの三人は敵側に囲まれた。

 周囲から、じわじわと、笑みの表情で迫ってくる敵に、恐怖を覚えながらその男  アテ

リセはびくついているのであった。

 艶のあった顔の皮膚も今は、血、傷や泥で混同し、相当に汚れてしまっている。美しかった

金髪も、今は見る影もない。

「くっそ! もう終わりなのかピン 」

「……うぅ」

 ピンは乱れた毛を気にせず辺りを見渡した。

 もう既に逃げる道は埋め尽くされ、逃げるのはまず無理だ。かと言って戦ったところで勝て

るような人数ではない。

 ピンたちは途方に暮れた。

(人の言葉で、万事休すってやつかピン……。…… )

 シャンッ

「おわっ 」

 刹那、ピンたち三人だけがその場所から姿を消した。……というか、空間の狭間に飲み込ま

れた、そういった感じだ。

「な、なんだ 」

「やつら、どこ行きやがったんだ 」

「……つうか、消えたぞ!」

 敵側の連中の、ピンたちの近くにいた者たちは、異変に戦く。

「どうした?」

 次いで、後ろから近寄る者に告げ、一応指導者であるクラークにも告げる。

 ザワザワと、森の中が賑やかになっていく。

「どうする、クラーク殿?」

「こう伝えてくれ! 奴らは消えたとはいえ、近くにいるはずだ! 残らず殺せと」

「O・K」



 ゴーゴー

 崖の上から、凄い音を立てながら流れる滝の音……。空が煙りだらけだが美しく見える。

 広大な森の中の端の方で、比較的明るい。人の気配は全くなく、とてもリグとは思えないほ

ど澄んだところだ。

 一般的に景色が素晴らしいと言われているような観光地など、相手ではないと言っても過言

ではないだろう。それほど美しい。

「……  どこだピン 」

「な、なんだ  ……やつら、消えたのか 」

「……い、いや、俺たちが違う場所に来たんだ!」

 三人は驚愕の声を発し、周囲を見渡す。ちょうど滝の下の岩陰にいることが分かる。

 少し歩くとすぐ森があり、その奥の方からたくさんの声が聞こえてくることから、さっきい

た場所からはあまり離れていないことが悟れる。

 だが、信じられない現象に、ピンは絶句したままであった。

「……どうなってるんだ?」

 アテリセと、体中、敵の返り血で一杯のライシャルはぼーっとしている。

 三人は、これからどうすればいいのか何も思いつかず、そのまま時を過ごしていた。



 多少、風が揺れ動き、木々が揺れ始める。

「少し寒いですね、隊長。……けど、これからどうすればいいんでしょう。……ん、なんだ、

あれ?」

 胸を腕でぎゅっと締め付けながら、横になっていたアテリセの視線を釘付けにしたものは、

斜め四五度くらいの角度で、彼から一直線の空に浮かんでいるものであった。

 遠くであったため、具体的に何かは把握することはできなかったが。

「隊長、なんかいますよ! ほらっ! あそこに!」

「どこピン 」

 が、指示する方向には、雲ひとつな青空である。

「いや、遅れてすまない」

「どわぁ 」

「わっ 」

 突然の声に驚いたふたりであったが、シャルは相変わらず平然としている。

 声の主は、ピンのそばにいて、こちらを凝視してくる。

「だ、だれだあんた 」

「何ものだピン?」

 そいつは、全身青い毛に覆われた人間の大人の半分の大きさで、……どうやらピンと同じに

猫のようだ。

 だが雰囲気でいうのなら、ピンとは多少異なっているようで、知的に溢れているのがよく分

かる。

 全身青、全てが青い毛だ。……青い?

 アテリセは多少……どころか相当に疑問が残るものであった。

 非常に珍しい……というか、普通いない。……むろんそれはピンもそうだが。

(……?)

 ピンにはなんとなく分かった。こいつが縫いぐるみだということが。

「えと、自己紹介から始めよう。私の名はブネルー。そのピンと同じような縫いぐるみだ」

「!」

「先程はすまない。驚いたとは思うが、私が転移させてもらったのだ」

「ど、どうやって  あんなこと、普通できるような  」

「まずは、紹介してほしい」

「? まあいいでしょう。僕の名前はアテリセ。元工場の従業員。で、こっちがライシャル。

僕の仲間だ。そしてこちらがピンク色の猫さんで、僕たちの隊長、ピンさん。これでいいのか

な」

「ああ。まあ初めから知ってはいたが」

「……だったら聞くなよ」

 アテリセは多少怒り気味に少し息を荒くしていく。

 ブネルーは再び笑みを浮かべた。

「それで、どうやって僕たちに転移とやらをしたか教えてほしいんだ」

「それはいえん」

「なんでだ?」

「わけあり」

「頼むから教えてほしい。僕もやってみたいんだ」

「駄目♪ カッカッカ」

「……このやろ……」

(………)

 アテリセはブネルーの逆側を向いて、いじけはじめた。

 ピンとシャルは非常に興味があり、その青い猫の縫いぐるみ  ブネルーをじっと見た。

「いろいろと聞きたいことがあるピン。なんで僕の名前を  」

「その前に言いたいことがあるのだ。お前たち三人に……そこまで重大とは言えないが、……

いや、重大とも言えるか。……うむむ、そんなたいしたことでもないぞ? いや、やっぱり大

切だってわけでもない……とも言える。……だがそういったことにはな  」

「だあ! うるさい! 何を言ってるのか全く分からないぞ! それで、結局は何が言いたい

んだ?」

「だから、あまりことを大きくしないでほしい! って、さっきから何度もお願いしているだ

ろう! なぜ猫の話を聞かんのだ!」

「何も聞いてねーよ、馬鹿!」

 普段から温厚のアテリセも、今は怒りを露にしている。どうやらこういった猫が苦手なよう

だ。とりあえず疲れたようで黙ることにした。

 ピンは彼を一旦見て、少しにやけてしまった(意味もなく)。

「それで、お前らで後はなんとかしてくれってことだ。それだけなのだ」

「え? クラークたちのことピンか?」

「そう。そういった名前だったな、あの男は」

「け、けど、せっかく出てこれたんだから、なんとかしてくれるのかな、ってちょっと期待し

てたんだけどピン……。ねえ、アテリセ」

「そうですよ。隊長!」

「そうだよね」



 ブネルーの招待により、ピンたちは大きな滝の裏側へと濡れながらも入ってきた。

 中は洞窟のような構造で、ピンの好奇心を思い切りそそる場所であった。

 ……とはいっても、特に目立ったものはなかった。

 奥には、それなりに住んでいけるようなものがある。具体的に言うと、十分な食糧があって

寒気のために、暖房となるようなものもある。

 天井には電球がついており、光っている。どこから電力が送られてくるのか、理解できなか

ったが、あえてピンは言わないでおくことにした。

「何かの縁だ。とりあえず今は、いろいろと手助けをしてやろう」

「そうか。ありがとう。これから大変だから」

「うん」

「だピン」

「もっと礼を言え。俺の機嫌を取りたいのならな。ハッハッハ」

「………」

 三人はとりあえず黙っていた。

 その後アテリセとシャルはほとんど何も食べていないこともあって、置いてあった食糧を全

て食べ尽くした。

 そのままふたりとも、背中合わせに寝付いた。そのふたりを見ながら、ピンはそのまま立ち

尽くす。

「ピンよ、話がある。いろいろと、重要なことでもある……? いや、そうでもないか。いや、
そういうわけでもないかも分からないが……。だがやはり大したこと  」

「もうそれはいいから。それより話があるんでしょ?」

「ああ、そうだ。ちょっとこっちでその重要で、……いや、実は重要ではないような、そうで

もないよう気もしないでもないような  」

「しつこいピン」

 ブネルーは突き当たりの壁にある隠し扉を開け、地下への階段を降りた。

 ピンも後についていく。

(ん? 地下へ行くってことは、何かくれるのかピン?)

 その期待も悉く打ち破られ、一室にはひとつの古いテーブル、それを挟んで椅子がふたつ。

天井には地上にあったものと同様の電球がある。それだけの部屋であった。

 ブネルーはその椅子に腰を掛け……ると、座高が低すぎて相手側から全くブネルーの顔は見

えなくなってしまった。

 結果、椅子に座って、テーブルの台の下で顔を見合わしているだけであった。

 突如、ブネルーが真剣な表情になって、椅子から飛び降りた。

 ピンは何かと思い、見ていたら、今度はいきなり笑みを浮かべた。

「……今のは、ほんのジョークだ。気にするな」

「………」

(なにがジョークなんだ?)

 結果、テーブルの上にふたりは座って向かい合った。

「それで、重大な話があるって言ったけど、何か忘れちまったから、また今度な」

「へ?」

 意表を突かれた言動に、ピンは思わず絶句した。

 とりあえず、聞く。

「あの、……じゃあ質問してもいいかピン?」

「おう」

 やる気のなさそうな声で、寝ながらブネルーは返事する。

「えと、まずはなんで僕の名前を知っていたんだピン?」

「教えない」

「………」

(五秒前、「おう」って言ったくせに……。なんかずれてるピン。この猫……)

「まあいいから教えてくださいよ。ねえ、ブネルーさん」

 少し戸惑っているようで、ブネルーは静止した。

(おっ? 少し考えてくれてるのかピン?)

 数秒経ったが、まだだ。

(遅すぎるピン)

「ねえ、ブネルーさん。……って、寝てるピーン!」

「あ、ああ。ジョークジョーク。気にするな」

(……するって)

 ピンは疲れて寝っころがった。

「本当に教えてくれピン。クラークの奴らもそろそろ襲ってくるかも分からないし……」

「そうだな。いつまえもふざけてるわけにはいかんか……。じゃあ、真面目に話そう」

 ブネルーはいつになく真剣な表情で口を開く。

「まず、だ。お前の行動だけというわけではないが、主に私はお前を昔から見ている。何故か

? とかそういったことは聞かないでくれ。かなり……でもないが、けっこう前からお前のこ

とをよく知っていて、カンドゥという男に、あの例の薬を渡した」

「え? じゃあ、それって僕にかけた液のことかピン?」

「そうである」

「ブネルーさんからもらったってことだったのか」

「そうだ。誰だってそうだが、初めて私が姿を現した時は驚いていたがな。とりあえず、わけ

は全て置いておいて、カンドゥがお前とミドにあの液をかけた。そのミドが、工場の破壊へと

導いたのは、まだ知らなかったよな?」

「 」

(どこに行ったのかと思ったら、あの野郎、やっぱり!)



 ブネルーはその場の状況を詳しく説明し、大体ピンは飲み込んだ。

「なるほどピン。工場が爆発した時のことは分かったピン。僕の名前知ってるってことも含め

て。でも、なんでさっきは助けてくれたんだピン?」

「それは当たり前だろ。カンドゥに渡したあの液体が無意味になってしまうからな」

「………」

「それとあの転移の術は、……技ではない。術と呼べ。技と呼ぶんじゃねー 」

(……呼んでないって)

「で、あれは私たちにしか使えん」

「え? ……ってことは、僕にも使えるってこと?」

「素質があればの話だが。ちなみにこれからお前に術を教えてやる。喜びまくれ!」

「……?」

「覚える者によっては習得する時間が異なるが、どちらにせよかなりの時は要する。が、それ

さえ覚えれば、あんな奴らにはたやすく勝てるであろう」

「……ほ、本当かピン?」

「ああ」

「……でもその前に、ブネルーさんが倒してくれれば  」

「私には無理なのだ」

「なんで?」

「教えん」

「………」

 仕方なく術のことに専念することにした。

「それと、今言ったことの全て、なるべく他言するな」

「……分かったピン」

「アテリセとやらにもだぞ」

「……うん」

「じゃあさっそく始めるとするか。それでいいか?」

「大ジョブピン」

 ふたりはテーブルから降り、地上へと戻った。

 ……階段の途中、ブネルーが突如後ろを向き、ピンに語る。

「重大な話ってのを思い出した! さっき話した工場のことだった」

「うん、分かってるピン」

「ジョークだジョーク」

(……何が?)

 とりあえず上へと出る。

 扉を開けると、アテリセとシャルが寝ている。

 ブネルーは気付かれぬようピンに注意し、外へと向かった。

「ふたりは?」

「寝せとけ」

 滝を抜け、外に出ると、森の逆側の方向へと行き、岩の陰でブネルーは立ち止まった。

 そして振り返る。

「まず……」

「ゴクッ……」



 キーキーキー

 虫の鳴き声が聞こえる。それと滝の流れる音。それ以外はやけに静かである。滝の外は、既

に暗くなっているようだ。

 そこで静かに目を覚ます。

「……ん? あれ、隊長?」

「すーすー」

 シャルはまだ眠っているようだ。アテリセは辺りを見渡した。

 天井にある異様に明るい電球のおかげで、暗さに困ることは幾分ないが、何か物足りない気

がする。

「……寝てたのか。……夜?」

 彼はそのままゆっくりと立ち上がり、大きく伸びをした。頭を掻いて、欠伸をする。

 いまいち状況が把握できず、しばらくぼーっとしながら考えた。

「……んーと、どうしたんだっけ。えーと、あのブネルーっていう生意気な猫の家で、そこで

ご飯を食べて……あ、なんかそこからの記憶があやふやだ」

「んん? アテリセ?」

「お、シャル。起きたんだ」

 シャルも眠そうにしながら、彼の方へと顔を向けた。

「隊長がいないんだ。あのブネルーとかいう猫も」

「……ふーん」

 興味のなさそうな返事をして、壁側に背中をくっつけて座る。

 アテリセも隣に座った。

 静かな夜だ。あまりにも静かすぎて狂ってしまうほどに。

 上  天井を見上げながらアテリセは口を開いた。

「なあシャル。僕たち、なんでこんな目にあったんだろうな」

「俺にも分からないよ。……でも、ここを乗り越えないと、なんにも始まらない」

「ああ。……関係ないけど、隊長に僕たち、ついてきただろ? それは、まあいいんだ。でも

隊長、なんでまだ工場の改革にこだわるんだろう。べつに他にもいろいろとあると思うんだ。

もう自由なんだしさ」

「さあ。でも俺はそれでもいいと思うよ。隊長の強さ、そして勇気。並大抵のものじゃないよ」
「まあね。だからついてきたんだけど。それに性格いいしな。僕たちに」

「……うん」

 シャルはしばらく黙り込んだ。その様子を見ながら、アテリセは続ける。

「まあ、僕もあの工場で働くのって、うざいなって思ってたから。でもこんなことになるなん

て、思ってもみなかったよな。みんな死んじゃったし。あのクラークの野郎のせいだよ! 絶

対に許さねえ!」

「………」

 いつになく意気込むアテリセに、シャルはおろおろとしていた。

「でもさ、これからどうする? 奴らから逃げられないよ、たぶん。街へは森を通らなくちゃ

いけないし」

「うん。とりあえずピン隊長を待つしかないよ。もう帰ってくるだろうし」

「ま、そうだけどな。隊長、あのブネルーの野郎に騙されなきゃいいけどな」

 ふたりはそのまま、なぜか暖かい洞窟の中で肩を寄せ、眠りについた。

 本当に静かな夜だ。

 外は煙に満ちているが、星が美しく見える。



 ドゴーン!

 翌朝、巨大な爆発音!

「な、なんだ 」

「ん?」

 ふたりは跳び起きた。次いで辺りを見渡す。

 ゴトッゴトッ

 洞窟内が崩れる!

「なんなんだ、いきなり 」

「……?」

 しばらくすると、それは次第におさまった。

「……敵か? ここが見つかったのかも」

「……そうかもしれない」

「でも、でもピン隊長は? あのブネルーってやつは?」

 慌てて滝の外へと歩きはじめた。

 っとその時!

「わっ 」

「どわぁ」

「 」

 いきなり、目の前からピンク色の手に覆われ、アテリセは驚いた。

 が、即座に冷静になって目の前のものを見る。

「隊長じゃないですか! 今までどこに行ってたんです  すでに敵に見つかって攻撃されて

るんですよ!」

「え? もうかピン 」

「さっき爆発音が聞こえたし、ここも少し崩壊してしまいましたよ!」

「あ、それは僕だピン」

「え?」

 ピンの得意げに言う返事に、アテリセとシャルは驚愕した。



「そうなんだピン。ブネルーさんが教えてくれたんだピン」

「なぁるほど。しかし凄い音でしたよ。もの凄い破壊力じゃないっすか」

「もち!」

 ピンは笑顔で応える。

 ふたりは、少し自分たちもやってみたいといった顔でピンの話を聞いた。

「そう」

「?」

 そこへ突如、空からブネルーが現れ、ゆっくりと地へ降下。

「……あんたか」

 アテリセは、あまりブネルーのことを好いていないので後ろを向いた。

「この……、ピン。素晴らしい素質の持ち主だ。たった一晩でこうまで成長するとは……。信

じられない」

「そんなに凄いのか、隊長は?」

「ああ、かなりな」

「えへへピン」

 ふたりは驚きで一杯であった。

(隊長ってやっぱり、レベルの高い猫さんだったんだな)

「……だが、もう少しコントロールをな。下手すると自分まで危険な目に合うから」

「……げっ」

「………」

 ブネルーは笑顔で地につくが、ピンたちは少し焦った顔だ。

 ふとピンが思い出したように言い出す。

「今までごめんピン。けど、これで奴らも倒せるからピン」

「なに?」

「え?」

 再び、ふたりの顔は、驚きで一杯の表情で埋まり出す。

「うん! 心配しなくても大丈夫だってブネルーさんが……ねえ?」

「……んなこた言ってないが」

「え? 言ったじゃないですかピン。教えてくれてる時に」

「いや、気のせいだろ」

「………」

 ピンは立ち止まったままどうすればいいのかを考えながらも分からず、とりあえず黙った。

「けど、そこまで凄いのなら、こりゃ期待できますね」

 アテリセがフォローするつもりで言ったが、本心でもそう思っていた。シャルも同様にそん

な感じだ。

「……まあ、そうピン。だから森に入って奴らに僕の術の実験台になってもらって、ついでに

倒されてもらうんだピン。でも、いつにしようかピン」

「そうですね。どうしましょう」

「……うーん」

 しばらく考え込む間があったが、ブネルーが言い出す。

「今夜がいいだろう。いや、明日の朝早くだな。そろそろこっちの方にもやつらの手が伸びて

くるだろうから、たらたらしているわけにもいかないだろう。だが、そうは言っても急いで、

ミスするわけにもいかないからな」

「そうだな。明日の朝早くですね。隊長」

「O・Kピン」

「でも、それまで何をしてるんですか? まだ朝ですよ」

 シャルの言葉で、そういえばって気のしたピンであった。

「体力など回復して、万全な状態にしておくがいいだろう。いくらピンの術が強くても、万が

一ってこともあるから」

「分かったピン」

 三人はそのまま残り、ブネルーは滝の外へと向かう。

「あ、ブネルーさん。ここには何か武器とかはないのかピン?」

「ない」

「そーですか」

 ピンの問いにあっさりと答え、そのまま去ってしまった。

 ピンはずっと眠っていなかったため、ふたりに関係なく、すぐ横になり、ゆっくりと眠りに

ついた。

「隊長……」

「なんだピン? 眠いのかピン?」

「あの、明日は絶対に勝ちましょう」

「もち……。すー、すぅ」

 彼はやる気だ。シャルにも十分に伝わっていた。

「シャル。せっかく運よく生き残ったんだ。隊長と一緒にやつらをぶっつぶして、皆のかたき

をとろう」

「もちろん!」

 そして、そのまま何もせず、一日を過ごしたのであった。



「くそう。どこに隠れやがったんだ、あの三人!」

 クラークは仲間とともに、捜索をしていた。

 一日中捜していたが、ずっと見つからないこともあり、全員が疲労の限界に達していた。

 そこにひとり、近づく者がいた。

「クラーク殿。もういいでしょう。いませんよ。それに何もずっと食べていないし、このまま

では  」

「もう少しだ。全体を隅から隅まで捜すんだ! そうみんなに伝えてくれ」

「………」

 夜中まで、結局全員、ピンたちの捜索は続いた。

 もうすぐ夜明けだ。クラークはひとり、離れて行動した。

 森の端の方まで来た。

「ん? あんな滝、あったか?」

 ……そして仲間を集めた。



 ドゴーン!

「な、なんだ?」

「なんか、昨日と同じじゃないか?」

 ふたりはとっさに起きて立ち上がる。

「また隊長か?」

「僕はここにいるピン」

「ってことは?」

「そうピン。やつらがとーとーやってきたってことだピン」

「………」

「これからが勝負だピン。皆、準備はいいかピン?」

「おう!」

「やりましょう!」

 三人は爆撃による洞窟の破壊などものともせず、外へと向かった。

「おいこらぁ! くそピン! やっと見つけたぜ! そこにいるんだろう! 分かってんだ。

隠れてないで出てきやがれ! そうすれば命の保障はしてやる!」

 叫ぶクラークの汚らわしい声を嫌でも聞こえてしまうことに、ピンたちはまいった。

「あいつ情けねーピン。分かってるぞって、こっちの姿見えないくせして、もし僕たちがいな

かったら、どうするつもりだったんだろピン。恥ずかしい奴ピン」

「全くですよ、隊長」

 三人は気にせず滝の外へと出る。

 っと、アテリセが気付いた。

「あれ、隊長?」

「なんだピン?」

「そーいえば、あのブネルーっていう猫はどこ行ったんですか?」

「ああ、もう洞窟が壊れかけてたからって他の地に住むって言ってたピン」

「そうですか。じゃあ、ここはめちゃくちゃにしてでも心おきなく戦えるってことですね」

「ま、そういうことピン。アテリセ、シャル。やってやろーピン」

「おう!」

 ドガーン!

 ボガーン!

「うわぁ! なんだ 」

「敵の砲撃だピン!」

 洞窟の外側の岩が崩れ始める。ピンたちは慌てる。

「どうしたぁ! 早く出て来やがれ! このくそ野郎どもが!」

 クラークの声が、時折ピキッとくるピンだったが気にしなかった。

「ピンさん! 何止まってんですか! 早くしないとここもやばいですよ! 急いでその術っ

てうヤツを使ってください!」

「あ、ごめんピン。つい忘れてたピン」

 焦るアテリセに言われ、即座に何かを唱え始めるピンだった。

 それをじっと待つふたりは焦ることで頭が一杯だ。

 バーンッ

「うわ!」

 どんどん飛んでくる。次いで滝の水しぶきが飛ぶ。

「まだですか、隊長! 早く! マジでやばい  」

「黙っててくれピン! 集中できねーピン! 急いでって、そんなこたぁ分かってるピン!」

「すみません……」

 アテリセが焦って仕方のないことは、ピンには分かっていたが、やはりうざかった。

 シャルは外の様子をこっそりと覗く。クラークが中心にたって、ニヤニヤとしながらこちら

を見ている。

(頭にくる奴だ)

 そう思いながら、ピンの術を待った。

 そしてとうとう、ピンの集中力は完全なものとなって、閉じていた瞳を開けた!

 刹那!

「ダイン!」

 叫んだ!

 瞬間、周りにいた人間全てが消えたようにアテリセには見えた。シャルとアテリセとピンだ

けがその場に残り、周囲は急に静まり返った。

「……? どうなったんだ?」

「分からない」

 様々な武器が、さきほど人のいたところに落ちている。……が、人は何人たりとも見当たら

ない。

「隊長。何やったんですか? 何か凄まじいことやったような気がするんですが。あのブネル

ーって猫がやったのと同じ術……ですか?」

「いや、違うピン。自分でも信じられないけど、全員、次元の狭間に送り込んだ……ピン。も

うこの世界に戻ってくることは、……百パーセント無理だピン……」

「え?」

 アテリセとシャルはふたり、驚いてしばらく硬直していたが、ゆっくりと顔を見合わせて笑

顔になる。

「す、すごいじゃないですか! ってことは、僕たちの勝利ってことですよね」

「……まあ、そういうことだ……ピン。なんかあっさりしてたけど」

「いやぁったあぁ! けどほんとにやけにあっさりとした勝利ですね。今までの緊張はどこに

行ったんだって感じで。ま、いっか」

「そうだよ。俺たちの勝ちだ」

 ふたりは喜んで、手をガッチリと合わせる。

 自分で何をやったのか理解できなく黙っていたピン。次第に気持ち悪いほどの笑みが浮かん

でくる。

「もしかして、……僕って凄い、ってヤツ? こんなことができるなんて」

「え? 分かってやったんじゃないんですか?」

「いや。この術って終わってみないと結果が分からないんだピン。だから、ブネルーさんがあ

んなふうに言ってたんだピン」

「じゃ、じゃあ、一歩間違えれば終わり?」

「うん。そーピン」

 ふたりは目を大きく開いて顔を合わせる。

「あ、でもとにかく奴らはぶっ倒したんだしピン。よかったピン」

「ええ、まあそれはそうです……」

「……運良くてよかった」

「あ、それからあいつらに同情なんか、する必要はないピン。僕たちの仲間だって何人も殺さ

れたんだから」

「もちろんそうですよ。いや、しかし、まさか勝てるなんて……。しかもこうもあっさり。な

あ、シャル?」

「うん。俺もそうは思ってなかったから。これで本当の自由なんだね」

 シャルも普段とは違った、いい表情をしている。

「じゃあ、どうしようか」

「とりあえず、こんなところは出ましょう。ガタが来てるし」

「そうだね。それからのことは、また後で考えればいいし」

「でも。……本当しつこいけど、本当に良かった。……本当に」

 アテリセはかなりの喜びを感じているようで、ピンもそんな彼を見て嬉しくなる。

 そして三人は洞窟を抜けて再び森へと戻った。

 先程までは爆音やらなんやらで騒がしかったここも、今では静けさを取り戻している。

 ……というのは、ちょっとした見せかけかもしれない。



 ゴトッ

「……なんだ? どうしたのだ? あれ? みんなは? ピンのくそやろうどもはどこへ行っ

たんだ? 何がなんだかわけがわかんねえぜ」

 岩の下になって蠢いている男がいる。

 ……クラークだ。

 ひとり戸惑う彼の声だけが静かな森を響かせる。

「ったく、どうなっちまったんだよ、一体。みんな消えちまったしよ。……ん? あれはくそ

ピンじゃないのか?」

「!?」

 でかい、汚いクラークの声にピンは気付いた。

 既に森に入っていて、クラークとの距離は十メートルとない。

 三人とクラークとの間には、しばらくの硬直状態が続いた。

「……なんできさまがこんなとこにいるんだ?」

 アテリセの声は、……かなりの怒りがこもっているように、ピンには思えた。

「術があいつを拒んだのかもしんないピン。……なぜかは分からないけど」

「……そうですか」

 クラークはひとり、どうすればいいのか分からずに汗を流しながら辺りを見渡して叫んだ。

「だ、誰か! 誰かいないのか  こ、こいつらを殺せ! 早く!」

 ……しかし、周囲はし~んとして誰も現れる気配は全くない。

 彼は指揮を取っていただけだったので、武器などは全く所有しておらず、ビクビクしている

だけであった。

 アテリセは殺気立ってきた。

「……待ってたといわんばかりのシチュエーションだぜ! 隊長、こいつは僕に任してくださ

い!」

「任せるって、……べつに結構だけどピン」

「そうですか。どれだけこれを夢みてたことだか……。みんなと、……そして、そして……!」
「………」

 そう言うと、アテリセは即座にクラークの懐に向かって走りだした。

(これでやっと……やっとだ!)

「ま、待て! 待ってくれ! 金ならいくらでも……ぐわっ!」

 思い切り吹っ飛ぶ。

 アテリセは顔面を大振りで殴り付けた。そのまま倒れるクラークに乗り掛かり、顔を殴りつ

ける。

「貴様……。自分がしたことが分かってのか? しかもその上、金で、か? ……いいかげん

にしやがれぇ 」

「うぎゃあぁ!」

 そのままクラークは彼に殴りつけられ、大量の血を流していった。

 ピンとシャルはつい立ち止まってしまう。が、すぐに我に返り、ピンは駆けつけてアテリセ

に向かって叫んだ。

「ちょっと、それはけっこうやりすぎだピン! その辺で……。せめて殺すなら一撃で……っ

てわけにもいかないけど……」

 ガンッ、ドゴッ、バチィ

 アテリセには周囲の声が全く届いていない。それほど怒りで我を失っているのだろう。

 ……その中で、ピンとシャルは、……彼を見ていることしかできなかった。





                                     閑話





 驚くミドを尻目に、ピンは上を向いて気分に浸る。

「………」

「驚いた? すっげーだろピン! おめーなんか相手じゃねーんだピン! 分かったかあ、こ

んのくそミド!」

 ……が、ミドは黙ったままピンの言葉を聞き流す。

「……? そこまでおおげさなリアクションしなくてもいいだろピン」

「……うんミ」

 ようやく口を開いたミドだが、それでもいまだに動かない。

「……でも、ミ。それって自分もかなりやばいんだろミ?」

「ま、そうだピン」

「よくもまあ、そんなことやる勇気あったなミ」

「ふっピン。その程度のことをする度胸がなきゃ、この世の中生きていけねーピン」

「ケッ、知ったようなこと言いやがって!」

「黙れピン!」

 ドガッ

 しつこくピンは蹴り続ける。ようやくミドの元に表情が見られるようになり、ピンは少し嬉

しい感じが……

(するわけねーピン!)

 ってな感じだ。

「しかし、凄いなミ。そんな大人数を一発で消し去るなんてミ」

「そりゃ僕もびっくりしたけど。そこがブネルーさんの桁外れの力ってやつピン。もっとも僕

の力がめっちゃくちゃに、……それはもう並じゃない能力だったってこともあっての術だった

からだけど」

「また調子に乗り始めやがったミ。何かってーとこの猫はこうなん  」

「うっせーピン! てめーも他の奴のこと言える身じゃねーだろピン!」

 そのまま再び蹴り倒す。が、ミドはもう馴れたせいか、あまりこたえていない。

「ふっ、もう効かねーミ」

「  じゃあ術しかねーってやつかピン」

「い、いや、それはやめろミ。さすがにやばいミ」

 ミドの決死の阻止により、なんとかピンは行動をやめた。

 そのまま少しの間、時を過ごす。思い出したようにミドの方を振り向く。

「……そういえば、あんときに……」

「あんとき……って、なんだミ?」

「あの、お前が樽の上でなんかやってた時……」

「ああ、酒場のことかミ?」

「そうだピン。あれって結局何やってたんだピン?」

「気付かなかったのかミ?」

「僕、お前がいるってことだけで夢中になって、何やってるのかまでは分からなかったピン。

教えろピン!」

「やミ」

「殺すぞ 」

「はいミ」

 ピンの剣呑のこもった声による脅しに恐ろしく、ミドは即答。

「あれは、たいしたことじゃないけど。商売っていえるかどうか分からないけど、……まあそ

んなとこミ」

 それは聞くと、ピンの表情は崩れかかる。

(ったくこのくそミドは、僕がいろいろ大変な目にあってた時に、そんなことやってたのかピ

ン! 許ねーピン!)

 とりあえずそのまま話させる。

「何をやってたのかって言うと、俺の体を売ってたんだミ」

「へ 」

 さらに怒っているのか笑っているのか、よく分からない奇妙な表情になり、ピンは後ずさっ

た。

(な、何考えてやがんだ  こいつの体を? 買うやつがいるんだろうかピン。一体このくそ

ミドの頭ん中はどうなってんだピン?)

「……で、具体的に……その、求めた奴っていうのは、いたのかピン?」

「ふふふ。大儲けだミ」

「な、何 」

「ってのは嘘だミ~♪」

(こんのくそミド!)

 急に笑ってたミドの顔が変わり、下を向き始める。

「もー全然! 見るだけで金払おうとする奴なんてひとりもいなかったミ」

(まあそうだろうけどピン)

「んで、ピンが来るまで工場が爆発してからなんとか生き残って、それからずっと一睡もしな

いであの街ででかい声出して……てなもんで。今思うと、ほんと俺って馬鹿だよな」

(確かに馬鹿だ)

 ミドはしゅんとしたまま目を瞑る。

 ピンは蹲るミドを呆れながら引っぱたいた。

 パァン

「な、何すんだミ  今度は何も言ってねぇミ!」

「いや、なんとなくそんな気分がしたからピン。カッカッカ!」

「くっ、そりゃねーミ! しかも笑いやがって」

 攻撃されても反抗しないところが、ミドのかわいいところである。

「……けどミ、人間も一文無しの縫いぐるみに少しくらい金よこしたっていいと思うんだけど

ミ」

(ま、こんなやつに金渡す人間なんてそうそういないだろうけどピン。僕もやるつもりないし)
 そう言うとミドは、ピンに長ったらしい話を聞いたり、やられたり、焦ったりのいろいろと

疲労がたまって、少し……いや、かなり間、眠りについた。

 ピンもその真似……というわけでもないが、話し疲れて眠った。



 異常な程澄んでいる空気、広大な草原を緩やかな風が吹く中、半分に開いた両目に真っ青な

空が映る。

「ミミミィ……。眠ってたのかミ? ふあああ」

 目を完全に開けて、ミドは周りの様子を窺った。

 隣  三メートル程離れてはいるが、ピンが逆を向いて眠っている。こちらからでは表情

を見分けることはできない。

「……ミミ。逃げるチャンスだミ。ったく、うざってぇ奴だったミ。……ん? な、な、な、

なんかいやがるミ  気持ち悪いーミ! 上ってきやがるミ 」

 草の根本からは一匹の黒い虫がミドの濃い緑色の毛に向かい、くっつく。そのまま上る。

「うぎゃうぎゃうぎゃあ  気持ち悪いミ! ピン! 頼みたくねーけど、ここは、お前に頼

むしかねーミ! ミ、うぎゃ、助けてくれミ!」

 その騒がしい汚らわしい叫び声により、ピンは起こされた。

「……むに、ピン?」

 目覚めたが、何がどうなっているのか分からず、とりあえず耳を澄ました。

「うぎゃ、助けてミミ」

(うるせえなピン。何者だピン? ったくここのねむいのに。ん?)

 声で思わずはっきりとしてきて、ピンの顔には笑みが浮かぶ。

(ミドがやられてんのかピン? かっかっかピン。助けてやんねーピン。やられろピン)

 じっと寝たふりをしたまま、助けを求めるミドを楽しむピンであった。



 ……しばらくの混戦は続き、ミドは決死の、全身震わせ攻撃によりなんとかその虫を吹っ飛

ばした。

「……はあ、はあ。アブねえミ。危うく死ぬとこだったミ。なんなんだミ、こいつは」

 荒れた息が治まるのを待つ。

 ……とりあえず一息。

「ふう、なんとか助かったミ。しかし、このピンの野郎、ぜッてー起きてるはずなのに、助け

てくれねーのかミ? 気にくわねー野郎だミ! まあ、前からだけど」

 そう言って、ミドは即座に防御体制になった。

(くそミド……。言いたい放題いいやがって。まあ、いいけど)

 少しピキッとくるピンであったが、ここは抑えておいた。

「ん?」

 ミドは目を半分閉じていたが、開ける。

 ピンの攻撃がないと分かるとニヤッとして体勢を崩す。

「よし、寝てやがるミ。っが、俺に対して普段は思いっきり世話(殴ったりしてるだけだけど)
してるくせに、肝心の時に助けねーなんて! 寝てたって無理に起きるのが義理ってもんだミ

!」

(むちゃくちゃ言ってやがるピン……)

「いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも! ってあまり長い付き合いじ

ゃないけどミ……」

 一息おいてミドは空を見上げて口を開いた。

 ……そして、

「いつかぜってー俺様がこんなくそ猫ぶっ殺してやるミー 」

 ほっとして少し疲れが出てきてミドは休んだ。少し間を開けて笑顔になる。

「ふーっ。すっきりしたミ! こんな充実感あふれた日は生まれてから、たぶん初めてだミ!

いや~、いつもやられてる分気持ちいいミ!」

「いいてえことはそれだけかピン? えぇ、ミドクン?」

「え?」

 ゆっくりと振り返ってみると、その方向には目の据わったピンが無表情でこちらを見ている。
 ……ミドは硬直した。

「え? ……へへ、あは、なんのことかミ? あ、……ぇ…………わあああああ 」



 ……そしてその後、ミドがどうなったかと言うと、

 ……言うまでもないだろう。




                               エピローグ





 少し荒々しい風、……だがそれがサッと横を通り過ぎると同時にぼーっとしていたピンは口

を開く。

「じゃあ、行くかピン」

「……その前にあれはねぇと思うんだけどミ」

 言い返したミドだが、全身焦げ、緑の毛が真っ黒になっている。

「少しは悪かったとか思ったりしねーのかミ?」

「自業自得だピン。特にお前のような奴はさっきくらいじゃないと」

「あー、そうですかミ」

 ミドは横目で言うとそのまま上を見る。

 ふっと気付く。

「……行くってどこにミ?」

 ピンはそれを聞くと同時に、焦げたミドを掴み、投げ飛ばした。

「あけぇ 」

 ドンッ

 着地! 響きのある音で、ピンはこれは効いただろと思い、そこを見つめていたら、やはり

的中! 体が少しへこんでいる。

「いたた……。これは痛すぎミ! 何すんだミ!」

「あのなあ、くそミド。なんでさっきからわざわざ長ったらしい奇禍術の話なぁんかしたと思

ってんだ 」

「……忘れたミ。分からん」

 ドガッ

「ミミー!」

 ミドは叫ぶ。

 術の話をする前に、ピンはブネルーのいる所に術を教えてもらいに行くと言い、ミドを脅し、
共に行くことになったところをミドが術のことを聞いてこうなったわけだが、ピンはミドの記

憶力のなさにひとりで驚いた。

 再び、ピンが説明する。

「ったく、ほんっとお前が頭わりいな  どうなってんだ? おめーの中は」

「けへっ」

「けへっじゃねーピン。褒めてねえよ。分かる?」

「いや」

「……もういいピン」

 顔に手を当てながら、ピンは溜め息をついた。

 続ける。

「えーと、それでもう一回言うけど、ブネルーさんのいるアノイシュックっていう、これもま

た辺境の地で、なんかいつでも真っ暗らしいピン。新居みたいピン。ずっと北にあって、かな

り遠いけど、全部話したはずだけど、覚えてねーのかピン?」

「ないミ」

「あ、そう」

 なんかむしゃくしゃしてきたので、とりあえず一発。

 バッキィ

「で!?」

 ミドはしゅんとしながらピンの方を向いて、また思い出すように言う。

「? でもなんで俺までそんなわけのわからねー所まで行かなきゃなんねーんだミ?」

「さっきお前も行くって言ったじゃねーかピン」

「言ってねーミ!」

「脅したら?」

「……言ったかも」

 仕方なく諦め、行くことにしたが、まだ納得しない。

「ちくしょうミ。で、そこはこっからどのくらいの距離だミ?」

「そうだな。お前を追いかけてきたここ一年の距離の、二倍くらい」

「ぶっ! 二倍  ふ、ふざけんじゃねーミ! んなことやってられっか!」

「じゃあ死にたい?」

「いえ」

(なんでこいつはすぐに俺のことを脅迫すんだミ?)

「で、会ってどうすんだミ?」

「それもさっき言っただろうがピン。みっつあるピン」

「みっつ?」

「術を強力なものとして教えてもらうのと、工場の建て直しはどうすればいいのかってのと、

あと、シャルさんをあの街に置き去りにしちまったからそのことも」

「うわ! ひっでーミ」

「確かに悪かったけど……。けど、お前にそこまで言われたかねーピン」

「いや、でも術なんかまた覚えたら、手に負えなくなるミ! わりいことは言わねーからやめ

ろミ」

「いや、やるピン」

「……くそ。……しかし工場工場って、そんなに拘る必要なんてねーと思うんだがミ」

「そういうわけにもいかねーピン。僕にはお前と違って他人との約束は破らねえ主義なんだピ

ン。だから工場のことは必ず実行させなきゃなんねーってやつなんだピン」

「分かったけど……。「お前と違って」ってのは気にくわねーミ」

「実際にそうだろうがピン」

(くっそう。このピンの野郎! 気にいらねえ)

 焦げた毛を気にしながらミドはこんなことを考えていた。

「でもピンさんよ」

「なんだピン?」

「行く理由とかは分かったけど、なんで俺まで? 何か意味があんのかミ?」

「ねーけど来いピン」

(いいかげんな奴だミ)

「あの、ちょっと聞いていいかミ?」

「ん?」

「他人のこと考えたことあるかミ?」

「あるピン。それを言いたいのは僕の方だピン。で、お前は?」

「ねーミ」

「あ、そう」

(ったく何が言いてえんだピン? このくそミドは)

 思いながら、くだらない話をしているのに気付いて、声を上げた。

「あー、もう、うざってーピン。話は全部したから行くぞ!」

「やミ」

「死ぬ?」

「いえ……」

「じゃあ行くぞ!」

(くっそ!)

「あ、そうだミ! ピンさんよ」

「ん? まだ何かあんのかピン?」

「俺……」

「ん?」

「やっぱ逃げるミ!」

「殺す!」

「ミミミー!!」

 ミドはそう言うと全速力で逃げた。……殺されるのを覚悟しながら。

 そうそうピンの話に付き合ってられっか! そんな想いがミドの小さな思考をよぎる。

 不意を突かれたピンだったが、即、追いかけ、周りの草原を騒ぎ立てる。



 美しく、そして静かな大草原。

 そんな中、再びあの声が響くのだ。

「待っちやがれピーン 」

ミドとピンの工場復興発端物語 2





                       第二章 悪夢の戦乱









     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



 工場爆破時、ピンはなんとかファルを連れて上手く抜け出した。ある程度落ち着いた時点で、
ファルに経緯を話したピンだったが、初めは気まずかった。

 彼はしばらく悔やんで近くにある岩に八つ当たりをして、俯いていた。が、直後、何かを決

心したようにファルはピンの話を詳しく聞いた。

 酷い損害だった。もう再建は厳しい。新しく建てるしかないだろう。ところどころ被害の少

ない箇所があって、まだ幸いだったとはいえ、作業員の九割以上が爆破に巻き込まれ死んでい

ったのだ。これはなんとも言えないだろう。

 全隊長も失い、何日か経ったある夜の日、とりあえず残った者全員が集まって話し合ってい

た。具体的な数を言えば、……およそ八百人。もちろんピンも含む。十人くらいずつ分かれて

地面に座っている。

「……どうする?」

「ど、どうするったってよ」

「……さあ」

「どうしようもねえよな」

「ああ……」

 こんな会話が全体から聞こえてくる。小石やゴミなんかが散らばって、それらが風に乗って

作業員にぶつかって喚く者も少なくない。

「ちくしょう。こんなとこいたくねえよ」

「じゃあ、どこ行きゃいいんだよ」

「そうだよな。周りが全部でっかい海だってのによ。ここは」

「……くそう」

 不安と不満とさまざまな出来事の中、気の狂う者も現れている。

 その中でひとり、冷静さを保っている男が突如立ち上がった。

「みんな 」

 叫んで男は辺りを見渡した。

 だが耳を貸す者などいない。

「ちょっとみんな! 俺の話を聞いてくれ!」

「ああ 」

「ぬぁんだてめぇは 」

「ぶっ殺されてぇのか 」

「くぉら!」

(………)

 その男は辺りの罵声に後ずさった。

 脆弱そうな体つきで、そういうのに慣れていないように思える。他の作業員と変わりのない、
ごく平凡な男だ。眼鏡を掛けている。スポーツ刈りで、年は三十くらいだ。けっこうごつい。

「話だけは聞いてやる」

 聞く耳のある者も幾人かいて、男は少し気が楽になった。

「ええ、あの……。とりあえず私の名前はクラーク・エルトツォーネ。クラークと呼んでくだ

  」

「誰もてめえの名前なんて聞いてねえよ!」

「そのとおりだぁ!」

(………)

 その男  クラークは再び陰気な表情になった。

「すみません。ただ、私が言いたいのは、皆が信頼できるような人をひとりだけ決めて、その

人を昔みたいに『隊長』として新しい工場を建てていく……。もちろん前みたいなつまらない

工場じゃなく、もっと自由で気ままな楽しい工場に  」

「ふざけんな! なぁんでまた工場になるんだよ!」

「でもよ、工場は置いておいたとしても、隊長を決めるのはいいんじゃないのか?」

「まずそのくらいはしといた方が、これからが楽になりそうだしな」

「ああ、俺もそう思う」

 いつの間にか周りの雰囲気がクラークの方へと向けられていた。普通ひとりくらい反抗者が

いてもおかしくないのだが、なぜか誰もいなかった。

 聞いていた者たちは遠くに座っている仲間にそのことを伝えていった。

 ピンたちを見る従業員の目は、別段驚きを見せない。ただ普通の猫と思っているのか、それ

ともそんなことを気にしている暇がないのか、どちらにせよ今の彼らにはそんなことはどうで

もよかった。

「んで、どうすんだよ」

 クラークのそばにいた男が聞いた。

 すでに遠くにいる者たちも全員集まっていた。

「みなさん。話を聞いたと思います。指導者を決めたいと思うんですけど、誰か自分がなって

皆を仕切っていこうと思う方はいませんか?」

「おい……どうする?」

「やってみれば?」

「お前がやれよ」

 とかなんとか嫌気のさす話が聞こえなくもなかったが、けっこうな希望者で一割を超えた。

 ファルは、ピンに声を上げている。

「ピン! 君はカンドゥのために新たな工場を建てるんだろ? ちょうど奴が恨んでた隊長ど

もも死んだことだし、今がチャンスだぜ。俺もやってみたいけど、カンドゥが頼んだのはピン

だからな。君がやった方が様に合うと思うんだ」

 ファルはなんとしてもピンにやってもらいたいようだ。顔に現れている。ピンは少し迷った。
(でもなあ。どうせ僕なんかはただの猫の縫いぐるみだし。無理だピン……。でも、でもなあ

……)

 顔のやや上を手でかきながら考え込んでいる。

 クラークが集団から抜け出した。彼も一応希望者の中のひとりのようだ。

「ではみなさん。希望者の方だけこちらに集まってください。その他の方はそのままで」

 ざわざわと彼の方へと従業員が動いていく。

 しばらく移動する音が響いていたが、次第に消えた。

 ピンは行こうか行くまいか、本当に迷った。

(……むむ)

「決めたピン! 任しとけピン! 僕が隊長になって必ずカンドゥさんの夢を実現させてやる

ピン!」

「  その意気だぜ、ピン! 行ってこい! でも、ピンって縫いぐるみだよな」

「そうだ、……と思うピン。でもなんで?」

「いや、ただ人間の言葉がいやにうまいなって思ってさ」

「んなこたどーでもいいピン。行ってくるピン」

「そだな。絶対なってこい」

「おーピン!」

 ピンは暗い森の中へと入っていった。

 ファルたち、希望しなかった者たちのいる所は何もないといっていいほどの所だ。少しゴミ

関係のものがあるが、とにかくそこは夜なので暗い。ってのは当たり前だが、何か異様に暗い

のだ。森の中はさらに暗い。

 一応、全員ローソクに火を灯しているが、あまり前は見えていない。……そんな状態である。
 ピンが行った時には、既に百五十人くらいいて、いろいろともめていた。

「お前にゃ、無理! 俺に任せておいた方が身のためだぜ!」

「うるせえ! ここは俺しかいねえだろ!」

「なに言ってやがんだ! ここは俺だよ!」

 ほとんどがそんな感じで、一歩も相手に譲らない。クラークはひとり、真ん中で冷静になっ

ていたが叫んだ。

「ちょっと、静かにしてください! そんなことでいいと思ってんですか  信頼ですよ、し・
ん・ら・い!」

 その言葉に、周りの男たちは以外にも素直で、すぐに落ち着いていった。風の音だけが鳴り

響くようになった。

 風が吹くのに木々の揺れる音がないのが、また不思議にピンは思えた。

「よーし。それでいいんです! でもぉ、どうしよっかなぁ。『くじ』にしようと思っちゃっ

たりしたりして。でも、それじゃあ運だから、これからが不安だし……。う~ん」

 彼は自分で言い出したとは言え、結局何も考えていなかったのである。

(ここでなんとかしないと、な。こいつらに殺されるかも分からない)

 少し焦り気味で、そわそわとしている。

 っと、

「おい! んーと、確かおめえ、クラークだったっけか」

 やたらでかい、多少危なそうな男が前に出た。

 クラークが答える。

「はい。そうですけど」

「おめえさ、言うだけ言っといて、何も考えてなかったんじゃねーだろーな!」

 ……と同時に大男につく者もでてきた。

 クラークは押され気味である。ピンはどうすればいいか分からなく、そいつらを見ていたの

だが、とにかく何か口にしようと思い、叫んでみた。

「僕も隊長、やりたいんだけど……」

「ん?」

 その大きな声で、百五十人の者が振り向く。

「どっから聞こえてきたんだ?」

「さあ……」

「どこだろ?」

 皆、気付いていないようだ。

 ピンの大きさは、人の足元にも及ばないので、普通気付かないであろう。

「こ・こ・だ・ピン!」

 多少怒りを込めて言ったので、全員がそちらに注目する。

 ……つまりピンク色の猫を。

「お、おい! マジかよ! 猫が喋りやがった」

「げっ!」

「気持ち悪りい!」

 全員後ずさってそわそわしている。その仕草にピンは無性に頭に来て、尻尾を激しく地に叩

きつけた。

「んなこたどーでもいーんだピン! それよりも僕もなりたいって言ってんだピン!」

「……まあ、確かに猫が喋るのがおかしいと言うのは、……間違いかもしんねえけど、でも、

人間の言葉をもろ、なあ?」

「ああ」

 クラークは迷った。他の男たちも気味悪く思い、相手にしない。

「うっせーピン! なんで猫が言葉を使っちゃいけねーんだピン! ふざけんじゃねーピン!

猫をなめんじゃねーぞ! しまいにゃぶっ殺したろかこら!」

 ピンは腹が立って、頭が何も考えられない状態に陥った。そのままふいをついてクラークに

正面から飛び掛かる。

「ぐあああ!」

 いきなりのことだったのでクラークは避ける術もなく左腕を強烈なまでに爪で引き裂かれた。
 その瞬間、ピンは我に返った。

(  しまった! 昔、こんなことがあったような気がするピン……。ふう、危うく殺すとこ

ろだったピン)

 そのまま飛び掛かると、同じ速度でクラークの体を足で強く跳んで地に下りる。

 その様子をじっと見つめながらクラークは切り裂かれた左腕を押さえ、息を乱している。

 周りの男たちは驚きと恐怖のあまり、その場を少し離れる。

「ふぅ……。危ねえ猫だな。すまない。もうそんなことは言わないよ。べつにあんたが猫だか

らって、何もしなけしゃ害があるわけでもねえしな。……というわけで、皆さんも分かってや

ってください。じゃないと危険です。ふう……いてて」

 クラークは意味もなく夜空を見上げた。ただなんとなく。

(くぉんのくそ猫! 大事な左腕をこんなにも酷い姿にしやがって! しかもめちゃくちゃに

いてえ! 骨までいったかもしんねえ。……この借り、ぜってー返してやるぜ!)

 周囲の男たちも仕方なく同意した。

「そーだな」

「ああ。べつに猫だからなんだってんだ」

「変わりはねーもんな」

 まだあやふやな箇所はあったが、男たちはとりあえずピンも候補に入れた。

 森の中では……、ローソクの火など、正直なところあまり意味をなさない。周囲が見えない

のだ。が、そこをなんとかたき火も併用して凌いでいる。虫がうるさく飛んでいるので、とて

もいい気分にはなれない。

 他の人間達はほとんどが地面に横になり、疲れ果てて眠っている。森の外の方が、なぜか虫

が多量にいて、嫌がるのが普通ではあるが、この際仕方がなかった。

 ファルはピンが戻るのを、寝るのを我慢して待っている。

「……くそぉ。どうすりゃいいんだよ。分かんねえ」

「だから、多数決とってそれで終わりゃいいじゃねえか」

「んな面倒くせえことやってられっか」

「じゃあどうすんだよ、ってさっきから聞いてんじゃねーか!」

「うっせーよ! 同じ会話何十回も繰り返してんじゃねー!」

 ごちゃごちゃした統一心のなさに、ピンは呆れていた。もともと班がばらばらだったので、

合う者がでてくる可能性も多くはないのだが、この話し合いでどうにかならないかとピンは考

えていた。

(ったく。なんなんだ、こいつらは! 本当にやってけるんだろうかピン)

 ピンはカンドゥの言ったことを思い出した。

 とりあえずここをなんとかしないと、これから先が思いやられる。

 ピンはピンなりに方法を考え、考え考え尽くした。

 ファルはとうとう横になってしまった。頭を手で支え、そこら辺のおやじが寝っころがって

TVでも見るような格好だ。彼はまだ工場での煙による調子の悪さが、顔に現れていた。

 ピンは、もうどうすればいいのか分からなくなり、ファルに聞きに戻った。

「ねえ、ファルさん。どーすりゃいいか教えてくれピン」

「………」

 彼は既に眠っていた。疲れ果てているのがピンにはすぐに分かる。

 やむなくピンは時を待った。男たちが騒いでいるのがここでもよく聞こえた。

 全員といっていいほどの人間が寝ている。ここは本当に静かだ。その静けさを壊したのが、

隊長希望者たちである。ほんっとうるさく騒いでいる。とはいっても楽しんでいるわけではな

く、いざこざによるものだが。

「あんだと  てめえ、俺のやり方が気にくわねえってのか?」

「あったりめーだろ! そんなもん誰も賛成しねえのが、まだわかんねえのか! もすこし頭

使えよ、このクズ!」

 体格に恵まれた男。彼はもうひとりの相手の言動に限界を越えた怒りを覚え、……その相手

の襟首を掴んだ。相手は極普通の背丈で、なにからなにまで平凡な男。その男は抵抗しようと

するが、大男には及ばない。

「殺されてえのか、ああ 」

 大男は右手で思い切り相手の顔面を殴りつけた。

 ガゴッ

 数メートル吹っ飛んだ!

 鼻から血が出ている。が、あまりこたえた様子はなく、逆に火を付けた。

「な、何しやがんだてめえ! でけーからって調子に乗ってんじゃねーぞ! ぶっ殺す。覚悟

しやがれ!」

 立ち上がって大男に後ろ回し蹴りをくらわせる。が、それを左でガードすると、大男は右手

で裏拳 

 再び吹っ飛ぶ!

「あめーよ、クソガキ!」

 静かな夜に雑音。周りの者たちはどうしようかとわなわなして、ざわめいている。止める者

はいない。

 クラークは少し離れた所で頭を抱えている。

 ……正直臆病者である。

「うるせーぞ、著者! 殺すぞ!」

 とかなんとか言っておきながら逃げている。やっぱり雑魚だ。

 そんな中で、ピンだけがファルの所にいた。ピンはファルを起こそうとしているのだ。

「ファルさん! ファルさん! 起きてくれピン。けんかピン。やっばいピン」

「んん……。なんだ?」

 彼は眠そうだったが無理に起きた。声が聞こえる。その声の方、つまり森の中の男たちが争

っているのを見て、いきなり立ち上がり、叫び出した。

「げっ、けんかかよ! 俺、そういう関係のは苦手なんだよな」

 そして続けた。

「頼む。すまねえが、ピン。お前がなんとかしてくれねえか? わりいな」

 彼は蹴る殴るといった類いのものが嫌いで、さらに離れたところに行って木の木陰からちら

ちらりと見ていた。

 さっきのファルの叫びで寝ていた一部の者たちが起きた。

「なんだなんだ?」

「ふああ……」

 でも結局そのまま寝た。

 だんだんと争いはエスカレートしていく。

「ぶっ殺してやる!」

 大男に向かって、平凡男は懐から銃を取り出して構えた。

 さすがにそういうのに慣れていないようで大男は戸惑った。

「お、おう、ちょっと待て! それはやめような。あぶねーぜ!」

 周りの男たちはいまだにおどおどしている。

「どうしよう」

「俺に聞くなって」

「でもまじでやりそうだぜ」

 誰も止めようとしない。

 ピンが走ってきて、そいつらに向かった。

「何やってんだピン! 止めろよ。ったくこのクズどもは! 僕っきゃねーのかピン。……っ

たくもー」

 ピンは叫びながら銃を持った男に飛び掛かった。

 バウン!

「うっ」

 ピンを弾丸が貫いた。

 が、気にせずにピンは銃をたたき落とし、腕を裂いた。

「うぎゃあ! すまねー! もうやめてくれ!」

「それでよし!」

 ピンは満足してその場から離れた。

 ちょうど胴の真ん中に穴があいたが、べつに痛くもないし、すぐに治癒されるのでどうとも

なかった。周りの男たちが再び騒ぎ出す。

「すげえな、あの猫! さっきもそうだったけど」

「勇気あるよな!」

「しかも銃向けられてたんだぜ!」

 またざわざわとなってくる。そこにさっき銃を持っていた男が来た。

「……いてて。だが、すまなかった。撃たれたのに大丈夫なのか? お前……」

「へへ。どってことないピン。気にしなくてもいいピン。それよりもあんなことすんなピン!」
「分かったよ。でもお前の爪はめちゃくちゃ痛えな」

「もち」

 ピンは少し得意げになっている。周囲の者たちはピンのことで話題が一杯である。

 そこに今度は大男が前に出てきた。

 ピンはなんだと思いながら見た。

「助かったぜ。サンキュー、ピンクのチビ猫よ。おかげで命拾いしたぜ」

 大男は近くにあった大石に座り、額に流れ出る汗を手でふき取った。

 寝ている男たちも次々に起きてきて皆、集まってきた。

 ファルもとりあえず安心してピンのところへ戻った。

「しかし、ピン。お前って凄いんだな。初めて知ったよ」

「へへ」

 ピンは気分が良くなって尾をピンと立てている。

 大男はピンの近くに寄って、ここにいる全員の者たちに大声で言った。

「なあ、みんな。この猫を俺たちの新しい指導者にしたいと思うんだ! なんかうまくやって

けそうな気がする。今のが一例だ。強いし、こりゃいけると思うぜ!」

「そうだ! 俺もそう思ってたんだ!」

「O・Kじゃん!」

 賛成者が増える。ピンにはさらに喜びの笑みが浮かんでいた。

「やったピン!」

「やったな」

 ファルもともに喜んだ。

「じゃあ、みんな。このチビ猫が今から俺たちの指導者だ。不満のある奴はいるか? いるな

ら出てこい!」

 静かになった。反対者は誰もいないみたいだ。

「よーし。じゃあ、今からこのチビ猫が俺達の新しい指  」

「ちょっと待てぃ! はあ……はあ」

「ん? お前は確かクラークだったっけか。なんで息切れしてんだ?」

「ふふふ。それは極秘事項だ」

 実はこのクラーク、さっきの喧嘩の時、森の奥に逃げ込んでそのまま迷い込んでしまったの

だ。んでもって今、急いで戻ってきてこの有り様。

 自分から勝手に逃げておいて……。全く本当にこれ以上、上がいないと言えるほど馬鹿な男

である。

「やかましい、著者! んなこたどーでもいいだろうが! 少しは黙っとれ!」

「なんだ、そういうことか。本当、あほだな、お前」

「ハハハハ」

 周囲の男たちはクラークを囲んで笑い出した。

「っちくしょう! っとまあそれはそれで置いておいて。本当にこの猫でいいのか? さっき

のはたまたまだろ? 本当にいきなり決めちまっていいのか?」

 クラークはさっきのも含めてかなりの不満があるらしく……おそらく初めの左手を裂かれた

ところからか、顔を真っ赤にして大男の目の前に立ち塞がる。

「なんでだよ。お前も見ただろ? あんなの運とかでやれるようなもんじゃねーぞ」

「そうだよ」

「そのとおり」

「おー!」

 周りから大男に反対する声はなかったが、クラークはそれでもやめなかった。

「じゃあ、もう一回聞いてみれば分かる。みんな、本当にこの猫でいいのか?」

 ざわざわしてきた。

 クラークには妙な自信があり、笑みが残っている。

「なんか妙な展開だな」

 ファルには、さっきの喜び笑みが失せていて、少し不安な様子であった。ピンも少し焦って

いたが、すぐに元の顔に戻った。

「大丈夫ピン。それにたいしたことしてないのにこんなに早く指導者になれるなんて思ってな

かったから、べつに構わないピン。でも、最終的にはなりたいけど」

 風がやみはじめた。従業員全員がその場にまとまったようであった。そこでクラークが自信

に満ちあふれた声で言った。

「ではみなさん。ここではっきりしましょ。ピンという単なる猫ごときがここで指導者になっ

ていいのでしょうか。こんなくそ猫が! こんなむかつくクソ猫が! 本当にこんなクソ猫が

! マジでこんなクソ猫が本当に  」

 バキッ

「しつけーよ! 余計なことは言わんでもいい」

「じゃ、じゃあ真面目に。ピンが我々の指導者でいいかどうかを決めたいと思います。ピンが

相応しいと思う方はピン側に。反対の者は、私の方に移動をお願いします」

 ざわざわと移動が始まる。

「なれるかなピン」

 ピンはやはり相当なりたかったようである。

 次第に移動が終わる。ピン側についた大男が叫んだ。

「ちと待ちやがれ! なんでおめーらの方が圧倒的に多いんだよ 」

 ピン側についてたのは、ちょうど隊長希望者たちだけであった。それ以上でも以下でもない。
ただしクラークを除いては。希望しなかった者たちの全員がクラーク側についている。

(くやしいピン!)

 ピンはけっこう悔しがっていた。ファルもピンと同様だ。

「っと、まあこんなもんでしょ。大男、ピンとやらが指導者となる権利はない。分かったか!

カッカッカ!」

 クラークの見下した言葉遣いに大男は頭にきていた。目も口も鼻も手も……、体のあらゆる

部分がピンたちを見下し、勝ち誇った面になっている。

 っと、クラークの周囲の男たちの中から、かすかだが少々声が大男には聞こえた。

「起きたらよ、いきなりあの小せぇ猫が指導者だって周りの奴らが叫んでるから仕方なく合わ

せてたけどよ……。いくらなんでも猫ってわけにゃいかねーよな」

「だよな。勝手に決めんなよな。これからの人生が決まるって言っても過言じゃねーんだから

な」

(そーか。あの時、他のやつら、そういえば全員寝てたりしてたから見てなかったのか。……

むむ。もしあの時居合わせてたら、絶対ピンになってたはずなんだが。あのクラークの野郎、

余計なこと言いやがって!)

 大男は俯いていた。そんな彼を見て、ピンはとりあえず上を見上げた。真っ暗だ。

「べつに僕のために悩まなくてもいいピン。ちょっと困るピン」

「いや、そういうわけにはいかないぜ! なんせあんたは俺の命の恩人だからな」

「そんなおおげさな……」

 ピンは両手であたふたとする。ファルはその場にいたが、何もすることがなくただ見ていた。
周りは少し騒がしい。

「……けど、まあ君の場合は、僕が助けたってこともあるけど、他のみんなまでなんでそんな

に僕にこだわるんだろピン……」

「チビ猫……あんたには何か引かれるんだ。たぶん、俺もそうだが、他の……こいつらもそう

感じたからだろう」

「そ! この大男の言うとおりなんだ。何か、……何か君にはあるんだ。猫が好きってことも

あるんだけどね」

「もう……いままでなりたかったなんて気が、君を見て失せちまったんだ。そんな感じさ」

「お前のような、強くて正義感の強い奴を反対するあいつらなんて、どうでもいいぜ。お前は

俺たち百五十人の隊長だ! いいだろ、みんな?」

「おーう」

「ああ!」

 ピン側の男たちがピンの周りを囲うように集まる。ちょうど百五十。もちろんファルもこち

ら側だ。

「人望が厚いってのは、いいことだぜ、チビ猫さん!」

「めちゃくちゃうれしーピン!」

(でもなんかできすぎてるよーな気がしてならないピン。この……僕に付いてる黄色い液体の

せいなんだろうかピン……。ま、いいか)

 ピンは喜びを尾の先端の毛を逆立てることによって表した。

 そこの向こう側……ここから約二十メートルくらい離れた木々の下にいる六百ないし七百人

の男たちの一番前に立っている男  クラークが息を大きく吸った。

「ピン側の男ども、よく聞け! 俺達とお前たち、分かれて行動するのもいいが、その人数で

は何かと困るだろう。そこで、だ。勝負をしようと思う。先に相手側の親玉  ようするに

こっちは俺で、お前らはピンだが、それを九死に追いやった方の側の勝ちとする。何をやるに

も自由だ。できるだけ死傷者を出したくないんでなあ……。もちろん降参してもよし。負けた

側は勝った側に忠実に従う。それがルールだ。やってみる気はないか?」

 今までそのことについて、ピンたちが盛り上がっている時に、話し合っていたらしい。

「やめた方がいいですよ。勝てるわけがない」

「……でも、百五十人じゃろくなことができない」

「そのとおりなんだピン。でも、もし勝てばやってのけるのは確かなんだピン」

 しばらく迷っていたピンたちであったが、ファルが突如言い出した。

「やろうぜ、みんな! 何かしないと事は始まらねえ! 負けるだろうけど、勝てるかもしれ

ない。どっちにしろやってみなけりゃ分からないよ」

「そーだな。みんな、奴らを負かしてやろうぜ! 人数では圧倒的に不利だが、頭を使えばい

けるかもしれない」

「そうだな」

「でも、命を粗末にするもんじゃないぜ!」

「やってみなきゃ分かんねえって」

 そんな感じで話は二時間進む。

 向こう側は気が立ってきた。

「おい! 長すぎるぞ! やるのかやんねえのかだけだろうが! 早くしねえか!」

「おっせえぞ!」

「ぎゃーー!」

 やっとピンたちがまとまった。

「決まりだピン。おーい、クラーク! 受けてたってやるピン! 言っとくけど、遊びじゃね

ーピン! マジでやるからざけてっと死ぬピン! 覚悟しやがれ! オッケー?」

「いいだろう。こちらもそのつもりだ」

(なんとかして負かして仲間にしてやるピン。もしなんなくてもべつに構わないけど、とりあ

えず負かす!)

 気合を入れて顔をパンパンと叩く。百五十人の仲間に言い聞かす。

「ではさっそく。みんながそこまで僕にこだわるというのは、……つまりはあいつらに敵対し

ていることになるピン。従ってやつらは、多分殺す気でかかってくる。こちらもそれ相応の対

処をしなければ、全滅するかも分からないピン。一番の目的は、あのクラーク。みんなも顔は

分かってるよねピン。それを狙うということ。そこんところをよく分かっておいてほしいピン。
もちろん自分の身を守るということも忘れずに。じゃあ、みんな。勝って豊かになるんだピン

!」

「おーー!」

 すでに団結していた。

「おい、ピン! 時刻は明日の、ああ、もう今、夜中の三時か、……つうことで今日の昼、正

午ちょうどに開始だ。それまでにせいぜい準備しとけよ。カッカッカ! もう勝負は見えてる

けどな」

 クラークは最初に姿を皆の前に現した時に比べて、相当本性を現している。よくいるんだな、
こういうの。初めは猫かぶってて後から本性出して裏切ったりする卑劣な奴。本当、頭にくる

最低な奴の見本だわ、こりゃ。

「うっせーぞ、著者  黙っとれ!」

 彼らは工場の跡地へと歩いていった。

「なんでわざわざ戻るんだピン? 何もないのにピン……」

「まだ残ってるんですよ。作業道具が……。少しだけだけど、武器になるようなものや食糧な

んかが。俺たちも取りにいった方が……。でもまさかこんなことになろうとは」

「……仕方ないピン。でもとりあえずそれらを取りに行こうピン。けど、もとは一緒に働いて

た仲間なのに、いきなりこんな方向になっていいのかピン?」

 全員顔を見合わせた。

 ファルはなぜ見合わせているのか分からずにただ見ていた。ちなみにファルは後ろの方にい

る。

「ははは  ぜんっぜん構いません。あいつらは前々から気に食わないやつらばかりですんで」
「そーいうことっす。偶然かもしれませんが、あいつらはみんな僕達と仲の悪いやつらだから。
とにかく気にせずいきましょう」

「やってやるぜ」

 皆やる気で、ピンは内心安堵していた。もしひとりでも向こうの人達とやりあいたくない人

がいたら、ピンとしてもやりづらかったからだ。

 これはいけると思い、ピンの希望もだんだんと成功への道が開けてきた。だが、勢力を考え

ると、戸惑うところもある。

 とりあえず、ピンたちも工場の跡地へと向かった。今まで話していたところは何かの廃墟で

あった。周りは森に囲まれている何もない所。

 そこから工場の跡地はけっこうな距離がある。道とは言えないような土の道でつながってい

る。

 そんな廃墟には何か化け物が現れそうな感じが漂っている。風が、ビューッとそんな感じで。
 とにかく、薄気味悪い所。ピンたちはそこを抜けて工場へと戻る……。

 途中、三列くらいになって順に進む。ピンが先頭に歩く。ファルは最後尾だ。

「これからよろしくお願いします、ピンさん。最善を尽くしますので。ちなみに、僕はアテリ

セって言います」

 工場に武器が残っていると言い出した男が、そうピンに言った。

「俺、フィン」

「シフゥグだ」

「ラニ。よろしく頼む」

「俺はシメケル。やってるぜ」

「俺は……」

「………」

 次々と仲間の紹介が前に出てくる。ピンは顔と名前を覚えきれなく、頭が混乱してきて、ぶ

っ切れた。

「だああ! もういいピン! 名前は後でいいから、今はとりあえず倒すことを考えるんだピ

ン!」

 前に出て来た作業員たちは元の列に戻った。ピンは頭を抱えながら突如立ち止まって後ろを

振り向いた。後ろの男は多少驚いたが、ピンがしばらく止まったままなので、何かと思い顔を

上げた。

「どうしたんですか?」

 ピンは止まったままだ。後ろにいる男たちは驚いて前を見ている。

「しまったピーン!」

「どわっ!」

 びびり、下がったその後ろの男も少し驚いて、そのまた後ろの男も、そしてそのまた……。

「だからどうしたんですか?」

「え? い、いや、べつにしまったって言ったからってやばいわけじゃないんだけどピン。た

だ……」

「?」

 少し赤面している。もじもじしながら何故か手もみして、後ろにいる男たちに聞こえるくら

いの声で叫んだ。

「んっと、……こ、この部隊の名前を決めたいんだピン  だめかな?」

「へ?」

 作業員たちは、馬鹿にしたような、あきれたような顔をしている。

「べつに顔を赤くするほど恥ずかしがんなくてもいいですよ。なんとなくその気持ち分かりま

すし」

 後ろの男がとっさにフォロー。ピンはとりあえず立ち直る。

「こ、これから、というか正午から始まるのは恐らく戦争に引けをとらないものになるような

感じが、直感でするんだピン。よってこの、今いる百五十人はひとつの部隊となるってことに

したいんだピン。おもしろそうだし。ってことだから、みんなこの部隊の名前を考えてくれピ

ン」

「まっ、いいんじゃないですか? あの、それとピンさん。言いにくいんですが、僕がピンさ

んの後ろに並んだっていうのも何かの縁ですので、僕を『副』に任命してくれません?」

 男は小声で聞いた。ピンは考える間もなく、

「おっけーピン!」

 応えた。男の顔が歪んでくる。喜びを我慢しているのが即、分かる。

「隊長の名により、今から私が副隊長だ。そこんとこよろしく!」

「えー 」

「なんでだよ!」

「……さあ」

 不満の声もあったが、次第にそういった声もなくなり、男は副隊長となった。

「それとピンさん、さっきも言いましたが、『副』ということで改めて。僕の名前はアテリセ

です。今後ともよろしく」

「分かったピーン!」

 男  アテリセはなんとなく気分が上々だった。

「じゃあ、皆さん、とりあえず部隊の名前を考えよう! 思いついた者は前まで出てきてくれ」
「そういうことピン!」

(自分の部隊があるなんて目茶苦茶かっこいーピン! これも全て命を吹き込んでくれたカン

ドゥさんのおかげだピン!)

 ピンは再び空を見上げた。まだ夜中。煙が多くてまともな空は見えない。

 作業員たちはけっこうそういうのが好きな者が多く、以外にも乗り気だ。

「ふむむ……」

「……ん」

 ほぼ全員が考えている。中には話し合っている者もいる。

 ピンはそう思いながらどんな名になるのか、凄い期待を胸に寄せていた。

 考えながら歩いているうちに、工場の爆破後の破片やらが飛び散っている所にたどり着いて

いた。

「ここピン?」

 後ろの男  アテリセに静かに聞いたが、彼はずっと部隊のことを考えていて、聞こえな

かった。

「ここにあんのかピン?」

「え? あ、ああ、もう少し先です」

 彼は気付いて返答し、再び考える。ふと思いついたようにピンに振り向きさせ、

「『P・U』ってのはどうですか? ピンさんの『P』と、U・U・U工場の『U』を取って」
「おお! なかなかいいピン! それでいこうピン」

 ピンは名前よりも武器のことを考えていて、それどころではなく、とりあえず適当に答えた、
といったところである。

 アテリセは振り返り。後ろの男たちに向かって大声で叫んだ。

「みんな! この部隊の名が決定した。名は、『P・U部隊』だ! ピンさんの『P』と、U・
U・Uの『U』で、『P・U』だ! よろしく!」

「O・K!」

「なんだよ! せっかく考えてたのによ」

「しかし、どれもすぐに決まっちまうな。この部隊って」

「でも、よく考えるとかっくいーな!」

「あ、俺もそう思う」

「おう!」

 大体がよかったようだ。ファルも遠くから笑みを浮かべているのがピンには軽く見ることが

できた。

(P・U部隊、そん中で僕は副隊長。なんかいい響きだ!)

 アテリセはピンみたいに赤面し、俯いている。その後ろの男が「なんだ?」といった感じで

彼の顔を覗くが、アテリセは全く気付いていない。

 後ろの男たちは無駄話をしていて、ピンはそれを見てにやけた。

(笑いながら話してるピン。仲のいいことは素晴らしいピン! カンドゥさんも……。一緒に

できればよかったのに……)

 彼らはニヤニヤしながら話す。程度を越していて気味が悪い。ファルも前の男と話している

が、ところどころで悲しい表情を見せるのがピンには分かった。

(どうしたんだピン……)

 ピンは思いながら歩く。

 廃墟からはけっこうな距離。工場から抜け出してきた時も、時間がそれなりにかかったが、

今回は暗闇で歩きにくく、余計に時間がかかるように思える。

「ここピン?」

「そーです。ですが、やつらがいない……。来るとしたらここのはずなんですが……」

「そう言われてみると……」

 ピンの部隊  P・U部隊は最後尾のファルが着くのをまってから、まとまってしばらく

辺りを見回した。確かにアテリセの言うとおり、残り物は幾つかあるが、奴らの姿が見当たら

ない。

(どこ行ったんだピン……。何か企んでいることは確かだピン)

 そんな思いがピンの頭の中を過る。

 次第に明るくなってきた。暗さが弱まってくる。……夜明けだ。

「昼まではまだ時間があるピン。奴ら、何考えてるのか全く分からないピン。十分注意しなが

ら、とりあえずそこら辺の使えるものは全て持ってきてくれピン!」

 周囲の男たちに張りのある声で言った。と同時に彼らのやる気も万全で目をきりっとし、そ

して、

「おー」
            マ ジ
 やる気だ。本気で。男たちはアテリセを中心に急いで拾っている。建物は崩れているので、

いろいろと探しやすい。

 ところどころで壁が残っていて、奥に入っても、その透き間から空気が入り、とても気持ち

いい。気候はナイスだ。

 銃やナイフ、鎖や鉄パイプ、刀や食糧、わけの分からないもの、工場で使うようなものでは

ないものがたくさんある。かなりの収穫を彼らは得た。

 ピンはその場をじっと見た。

(たくさん武器なんかが取れるの十分いいピン。でもアテリセが言うにはあいつらもここに来

てるはずなんだピン。ならなんでこんなに残ってんだピン? 向こうはこっちの何倍も人数が

いるからこんなことがあるはずなんてないピン。何かあるピン)

 深刻な顔つきで考える。ピンはできるだけ争いなんかしたくなかった。ただカンドゥのため

に実行しなわかればならなかった。

 っと、そこにファルがひとりで現れた。

「なあ、ピン! いきなりこんなことになっちまったけど、……大丈夫か?」

 彼はかなり不安だった。ただ一言、指導者になりたいと申し出ただけでこんなことになるな

んて、普通の出来事じゃあない。彼はピンを真面目に見る。

「なんとかなるピン、いや、なんとかするピン。こんなとこでへこたれてたら工場改革どころ

じゃねーピン!」

「よし! そのくらいの気だったら大丈夫だな。俺が心配するまでもねえな」

 彼はピンの強さに安心感を憶え、ピンのそばにあった大きな石の上に座った。

 P・U部隊の隊員が武器や食糧を探して取ってくるのを二人は見ていた。

「なあ、ピン。俺さ、カンドゥが俺を助けるために死んだってお前に聞かされた時から思って

たんだ。……本当に死ぬべきだったのは、俺じゃないかって。奴には本当に悪いことをしたと

思っている。助けてもらっといてのこのこ生きてるようじゃ、あいつになんか悪くて……」

「そんなことないピン。……でもファルさんがそう思うのなら、少しでもカンドゥさんのため

に僕と頑張ってほしいピン。ファルさんまで死んだら、カンドゥさんは余計に悲しむピン」

「ああ。……そうだよな」

 ファルはまた悲しげな表情になった。ピンはどうしようかともじもじしながら、何かフォロ

ーする言葉を考えていた。

 その時、ちょっと思いついた。

「ねえ、ファルさん。 カンドゥさんってどんな人だったんですか?」

「ああ、少なくとも悪い奴じゃあなかったな。なんかわかんねえけど、人と話すのを拒むんだ

よな。まあ、俺は興味があったから、俺からどんどん話しかけてやったけど。そしたら、けっ

こう元気付いてきてさ、もう少しで、他の仲間ともやってけると思ったんだけどな。仕事も結

構しっかりやってたけど、まさか改革を考えていたとはね……。そこまでは俺も知らなかった

よ」

「ふーん」

 ファルは立ち上がって溜め息をついた。煙の中のことを思い出す。

 っとふと、

「ピン。そういえばあの爆発ってなんだったんだ?」

「う~ん。僕には分かんないピン。ただカンドゥさんは、ファルさんにも話した、僕を造った

液がどうだとか……。それが分かれば、何もかも分かると思うんだけどピン……」

「……そうか」

 いつの間にか夜は明け、すっかり明るくなっている。すがすがしい朝である。意心地は最悪

だが。

「ファル  なんでお前だけそんなとこにいんだよ! ひとりでサボってじゃね-ぞ! ピン

さんの機嫌とりなんかしやがって!」

「ああ、忘れてた! すまねえ!」

 ファルの仲間のようだ。剣を片手に怒っている。

「じゃ」

 彼も使用可能な道具を集めにいった。

 ピンはひとりで、道につっ立っている。

(……しかし、みんなよくこうまでやってくれるよなピン。なんでだろう。まあ、やってくれ

る分にゃ文句は全くないんだけど。ほんとなんでだ?)

 しばらく周りの様子をピンは見ていた。風が吹いて短い桃色の手を揺らす。ピンはその気持

ちよさに浸っていた。

(今までのことが嘘のように気持ちいいピン)

 白い煙で青空を覆われているがそれなりにいい眺めだ。ピンはまた上を向きながら、考えて

いた。

(そういえば、意識がある時から今まで、こんなふうに安らいだことなんてなかったピン。…

…こんな気分のいい中でみんなと力を合わせて工場を造っていく。カンドゥさんの気持ちも分

からなくもないピン。特にいつもひとりだったカンドゥさんにとっては……。よっぽどの夢だ

ったんだろうな)

 思い浸っていたピンの目前には、いつの間にか山のような武器が積まれていた。

 ガチャ!

 ドスッ 

 その後もピンの前では、騒がしい音がやむのに時間がかかった。

「もっと取ってきますんで」

「期待してください」

「これだけあればね……」

「絶対勝ちましょう」

 持ってくる度に必ず何か言葉を残し、そして集めに行く。

 既にピンの目前の道具は、全員使っても余りが出るくらいの量になっていた。それをピンは

ボーッと見つめる。っと気付いた。

(  そ、そういえばミドの野郎はどこに行ったんだ  みんながこんな中、苦労してるって

のに。あいつ、カンドゥさんと一緒に来ないどころか焼却炉に居たままで、……ピン? もし

や!)

 っとピンが俯き、手を額につけて考えていたその時!

 ドゥオーン!

「うぎゃああ!」

「ぎゃー!」

「ぐはぁ!」

 ものすごい音と同じにピンのところまで激しい爆風がきた。

 ピンの目は遠くの方に釘付けにされた。

 ふたり燃えて、死にかけている。他の男たちは駆けよっておろおろしているが、ピンは冷静

心を保った。

「昼にはちょっとばかりはえぇが、そろそろ始めさせてもらうぜ! くそピンよ! おめぇを

殺さねえと、気がすまねえんでな。ゲームなんて終わりだ。たった百五十人。んなもんいらね

え。ぶち殺させてもらう」
            ・・                            ・・
 反対側の、一応指導者、クラーク。あくまで、一応なだけに、言葉遣いがなっていない。所
    ・・
詮、一応なので見るからに脆弱な体つきだ。
                            ・・
「やっかましい,くそ著者! 一応は余計だ! いいかげん黙りやがれ!」
          ・・
 やはり、一応。言ってることが間抜けだ。

「こんのやろう! ぶち殺すぞ、クズ著者!」

 ……とまあ、アホな男は置いておいてそいつは大きな岩に乗ってでかい声、恥をさらしなが

らもピンたちの視線をこちらに向けた。周りから見たら本当恥ずかしい男この上なしだ……。

「おいおい、頼むからもうやめてくれよ、著者さんよ……。なあ、まるで俺が馬鹿みたいに聞

こえるじゃねーか!」

 そのとおり 

「ぐはあ!」

 そしてそいつは、少しショックを受けたようであったのだ。

 森を挟んでピンたちは向こうにいる。そいつからは丸見えで、……とにかくピンたちは危険

極まらない。

「おい。……もしかしてっていうか、絶対だな……。ピンたちのこと贔屓してるだろ」

 当たり前♪

「うおぁ! 目茶苦茶傷付いたぜ! 畜生! もうやけだ! 全軍、奴らを抹殺する! 撃て

!」

 命令したとたんに深い森から弾が雨のように飛んでくる。

 ヒューン……ドボボボッ

 もはや防ぎきれない。

「うわぁー!」

「助け  」

 辺りは燃え盛る人や嘆きなんかで、見れたもんじゃない。

 さすがにこの光景に、ピンはうろたえていた。
                マ ジ
「ま、まずい! 本当でやばい! みんな! ここにある武器や食い物……まずいかもしんな

いけど、とにかく適当に取って森ん中に隠れるんだピン! 急げピン! このままじゃ、この

ままじゃ全滅しちまうピン!」

 ピンは命じ、とりあえず前に積み重なっている中の短刀と小型銃  中に数個弾が入って

いるようだ  を取った。

 男たち(生き残った者)全員、走ってピンのいるところに向かう。

 ……が、それを待ってくれるほど、奴らは甘くなかった。

「死ね! 元同志よ」

 ドォーン!

 ボゴーン!

 遅くなった者たちは次々と倒れていく。

「くそ! ……もう駄目だ」

「あっちぃよ! ああ!」

「おい、ランディ! こんなとこで死ぬんじゃね……え……。ぐは」

 爆撃は続く。……P・U部隊はどんどん倒れていった。

「ゴードン! 君だけは……」

「ふざけんな! お前も生きんだよ、フォン!」

「……な、なんで僕がこんな目に……合わなきゃ……いけ」

 助かる者もいたが、そういう者はほとんど一時的なものだった。

 工場の跡地はもうぐちゃぐちゃに潰されて、火にのまれている。

 ピンは森の中に隠れていた。一部……、大半を失ってしまったが、それでもP・U部隊はな

んとか勝つ方法を考える。

(……そ、そういえば、ファルさんは?)

「ピン! お前は無事だったようだな。たいしたもんだぜ」

「ファルさん!」

 ファルは人の二倍ほどの大きさの大剣を持って、森の奥から元気そうにピンの後ろに現れた。
だが、足の先の方が切れているようで、血が少し出ている。

「なんとか助かったとはいえ、他の仲間が……。くそっ」

 ファルはまた、余計に悲しい顔で辺りを小さく見た。森の外は死骸と火、その二つだけだが、
異様な気味悪さを表している。

「くっそ! あいつらぜってえ許さねぇ! ぶっ殺す!」

「当たり前だ! 俺たちで潰してやるんだ」

「いきなり攻撃しやがって! 最低なやつらだぜ。特にあのクラークとかいう奴。見つけたら

即殺してやるぜ」

「俺もそう思った。許せねえよな、あの野郎。初めは猫かぶって後から本性発揮するような奴

なんて、最低なクズだ。特に奴の場合」

 ここでもやはり嫌われている。どこでもやっぱりクズなんだと、つくづく思わされたりしま

すなあ。

「やっかっまっしっい! って言っとろーが、著者  少しはほっといてくれ!」

 クラークはまだ岩の上だ。……情けない。

「でもどうする? 奴ら全員生きてるぜ。かなうなんてもんじゃねぇ」

「……だよな」

 ピンを含め十五人。全員不安に満ちた顔で小声で話す。

「……そういえば、爆撃の音がなくなったピン。弾がなくなったのかピン……」

「いや、そんなことはないでしょう。僕たちが集めてもあれだけ大量に武器が取れたんだから。
恐らく全滅したとでも思ったか、もしくは森の中でも戦闘に備えてるか、のどちらかといった

ところでしょう」

「あっ、アテリセ。生きてたんだピン! よかったピン!」

「どうも、おかげさまで。でも、死んでいった仲間に悪いような気もして……。なんだか、こ

う……」

 上手く言えないようで、アテリセは混乱していた。ピンの死角となる所に座っていたのだ。

 森のさらに奥から声が聞こえる。ピンだけに分かった。聴覚が大変優れており、並の人間の

約二十倍。だからといって近くで聞こえた音のせいで死ぬってことはないのでたいしたもので

ある。

 ってなわけで、ピンはよーく耳を澄ました。おそらく奴らの声だ。ピンが聞いているのに気

付いて、ファルたちも静かにしていた。

 全員誠意を持っていて、勇気もあり、心強いと思いたくもなるのだが、相手の勢力を思うと、
アリとゾウだ。だから余計にピンは、相手の行動を知ることに徹した。

 ……声が聞こえる。

「どうだ! あいつら何もする間もなく死にやがったぜ」

「ああ、全滅だぜ!」

「はっはっは! こんないい気分の日は久しぶりだ」

「暴行なんかするよりずっとおもしれーぜ! ま、あんまり変わらねえけどな」

 どうやらこちらにまだ生き残りがいることを知らないようだ。

(よし。不幸中の幸いってやつだピン。なんとかできそうだピン)

 ピンの不安顔が少しほぐれてきた。

 ファルたちは、さすがにピンのようにやつらが何を言っているのか理解できなかったので、

ピンの指示を待った。

 森の中は、もう昼だというのに外に比べ、異様に暗い。だが、隠れるのにはもってこいだ。

「どうっすか、ピンさん」

 ピンは振り向いて笑顔で答えた。

「みんな、よく聞いてくれピン。あいつら、こっちが生きてるのを知らないピン。このまま時

を待って逃げるのもいいピン。でも、それじゃあみんなの気がおさまらないと思うんだピン。

そこんとこがどうか、教えてほしいピン」

 少しざわめき始めた。

 が、その数秒後には返答。

「むろん、やるに決まってんじゃねえか。このまま黙っていられるか」

「そ。他の仲間にも悪いし」

「その分、俺たちがやったるんだ」

「ぶっつぶしてやろうぜ、隊長!」

 皆、やる気で、力が入っている。さきほどとは大違いだ。

「じゃあ、まずはやり方は、こうピン。たぶん、やつらはばらばらで動いているはず。少しず

つ後ろから奇襲をかけて殺していけば、少し、少しだけど減ってくピン。それでやるしかない

と思うんだピン。まともにやりあって勝てる相手じゃないピン」

「なーる。これはいけそうですね」

「よし、やったるぜ」

「お前そのセリフばっか」

「うるせぇ」

「とにかく仇をとってやろうぜ」

「おう」

 アテリセもファルも全員希望を持ち始めた。ピンも少しニヤついていたが、いきなり真顔に

なった。周りも合わせる。

「ちょっと静かにしてくれピン」

 遠くからまた奴らの声が聞こえる。

 っと、今度は指導者、クラークの声。

「みんな、あいつらは我々が全滅させた。なんだか分からないが、とてもいい気分だ。とりあ

えず今日は祝おうじゃないか」

「おう」

 ……再びピンはニヤけた。

「みんな、やつらは今日は宴会らしい。ここを思い切りつぶすんだピン。またとないチャンス

だピン」

「そうっすね」

「よっしゃあ!」

「ん? でも……」

 ファルが少し拒むように言う。ピンは振り向いてファルを見た。

「どうしたんだピン?」

「だってよ、集まっちまうじゃん。一部ずつ、じゃねえと人数が足りなすぎると思うんだが」

 が、ピンには余裕があるようだ。

「宴会だピン。たぶんこの付近でやるのは間違いないピン。……となると、円になってやる可

能性も高いから……。後ろから一人ずつ引っ張り出して倒してけばいいんだピン」

 ピンは笑顔だ。怪しいほどの笑顔。……が、ファルはまだ納得がいかず、

「でも、そんなことしたらすぐに分かっちまうんじゃねえのか?」

 言った。

「それはたぶん大丈夫だピン。おそらく宴会をやるのは夜。そう簡単には悟られないピン。し

かもやるのがこの森だったらなおさらだピン。分かりづらい」

「なるほどね」

 ピンはファルの理解に喜んで、剣を手ですりすりしながら息を吹きかけている。殺すのが楽

しみ、というか、仕事を成し遂げるあの快感、って感じの顔だ。

「でも、そう、うまくいくもんでしょうか」

「大丈夫ピン」

 あまり説得力のない答えなので、アテリセは不安だったが、残りの男たちは意外にピンの言

葉に安心感を覚えている。

 まだ昼になりかけだが、彼らは横になって眠そうにしている。昨日の工場を脱出した時から

ずっと寝ていない。ファル以外は……。

 そんな中で、ピンは短剣に、より磨きをかけている(つもり)。銃に弾が入っているのを確

認し、そばの石に座った。

「じゃあ、みんな。夕方になったら起こすから、それまではしっかりと眠ってくれピン。眠く

て戦ってもどうしようもないピン。絶対勝つピン!」

「おう……」

 アテリセは、大きな木に手をついて考えているようだ。他の男たちはいろいろな格好で寝る。
ファルはそう眠くもないので、大剣を意味もなくじっと見つめている。

(くっくっくっ。なんかかっけえよな。様になってるぜ)

「?」

 ピンには、変態そのものにしか見えなかったが、あえてそれは言わないでおいた。そして、

自然と石に座りこんだ。

(……ミドはどうしたんだろう。やっぱりあいつの仕業なんだろうかピン。……まあいいや。

それは今度考えることにして。……とりあえずここを乗り切らないと、カンドゥさんに申し訳

ないし、他のみんなが死んでしまったことに意味がなくなってしまうピン。僕が……、僕がし

っかりしなきゃなんないんだピン)

 真剣になって考えていた。ファルはそんなピンを離れた所から見て、ピンの言った言葉を思

い出した。

(……そういえば、あいつこんなこと言ってたよな。『カンドゥさんはそう言ったピン。工場

の改革が目標だって。僕はそれを手伝うために、つくったらしいんだピン。正直いって、うれ

しかったピン。生命を持ったことによっていろいろ見れたし。ファルさんのことも言ってたピ

ン。あいつは僕にとってたったひとりの仲間だって。だからさ、僕と一緒に工場を……。それ

がカンドゥさんの夢なんだピン!』……それだけピンはマジなんだろうな。よし、俺も奴のた

めにもこれからやるっきゃねえ!)

 ファルは、そう思いながら辺りを見渡した。

 石に頭を乗せて枕代わりにして寝ている男、虫が顔の上に乗っている者もいれば、鼻水の垂

れている者もいる。

 っと、木の陰に立ってこちらの様子を後ろ向きに窺っている者がいた。

「誰……だ?」

「……それは僕のことかな」

 大型銃を二丁、腰にかけて腕を組み、こちらを向いた者は、アテリセだった。

「……なんだ、あんたか」

 ファルは少し緊張感に襲われたが、ほっとして大剣を地に落として再び静かに腰を下ろした。
「眠れないのか?」

「……まあね」

 アテリセはさっきから考え事をしているようで、顔がかなり渋い。ファルには、そんな彼が

なんとなく、何かを決意しているようにも思えた。

「何を考えてるんだ? できることなら力になってやるぜ」

「君には関係ないことだよ」

「……そっか?」

 少しだけファルはムっとしたが、ここは我慢した。

「ま、人にはそれぞれ悩みのひとつやふたつはあるからな。……悪かった」

「……いや、いいんだ」

 アテリセは逆側を向いた。木を見ているのかどうかは分からないが、ファルはとりあえず黙

った。

 彼は少し退屈だったので、ピンに近寄った。

「なあ、ピン。……なんだ、寝てんのか。……縫いぐるみも寝るんだな」

 ピンは剣を頭の上に乗せて、石に足を乗せて眠っていた。怪しい寝方だったので、ファルは

石と剣をどかしてやった。

「むにゃあ」

(それにしても不思議だよな。縫いぐるみが動くなんて。カンドゥは一体なんの液をかけたん

だろうか。んん……。俺も眠くなってきた)

 ファルはどこまで意識があったか分からず、いつの間にか眠っていた。

 向こうからは騒ぎ声が聞こえる。鳥の声も聞こえたが、それらで打ち消され、本当に不機嫌

になる。そんな中で、アテリセは一人、静かに立っていた。

 少しずつ日は沈む。森の中からでもそれは分かる。空がオレンジっぽくなってくる。



「ぐわっはっはっは!」

「おう! 飲め飲め」

「かっかっか」

「ぎゃはは」

 ピクッ

 ピンは起こされた。

 向こうから騒ぎ声やらなんやらでやかましいことにピンはピキピキくる。もっとも普通の人

間では聞こえない位に遠い場所からの音だが。

 ピンは周囲を見渡した。全員寝ている。

「………。奴らの声だピン。さっそく祝福ってやつかピン。まったく……。もとはともに働い

てた仲間だってのに。殺して本当に宴会なんてやるとは、許せんピン! ……ん?」

 ピンは木の陰の男に気付いた。銃を持った男  アテリセがただ単に立っている。彼はこ

ちらに気が付いていないようだ。

 近づいてみると、じっと遠くの男たちの声の聞こえる方を凝視している。

「どうしたんだピン? 何か、あったのかピン?」

 驚いたようにアテリセは振り向いたが、驚きを無理に笑顔に変えて呟いた。

「なんだ、隊長か」

「……むむ、そんな呼び方されても、……嬉しいけど。でもどうしたんだピン? 寝てないよ

うだけど」

 再びアテリセは考え込んで俯いた。

 二人の間にはしばらくの間があったが、ようやくアテリセが口を開いた。

「隊長、僕、絶対にあいつらを……いや、あいつをぶっつぶします 」

「え?」

 ピンは突然のことで何がなんだか分からず、とりあえず押し黙った。

 アテリセは怒りに満ちているようで、口元がガチガチしていた。

「な、何かあったのかピン? いつもの君じゃないような気がするんだピン」

 アテリセは一呼吸おいて口を動かした。

「実は隊長、あの野郎、クラークって奴は、初めっから分かってたんです!」

「へ? 何を」

「……んん、分かってたって言うと、少し違うんだけど、あの工場は大抵の従業員は知らない

んですが、実は裏にそれぞれの隊長の、さらに『長』がいたんです。その中でも最高峰に当た

る男が、クラークを次期後継者にするって、決めてたんです。……だから、隊長に頭がきて、

反対するって行動に出たんです」

「ふーん」

 ピンはあまり動じてなかったが、アテリセは更に続けた。

「……それは僕にも分かりますよ。……ですが、奴はそうなるために、……というか、裏の幹

部どもの機嫌を取るために、僕の……僕の姉さんを殺しやがったんです 」

「………」

 アテリセの言葉には力が入っていた。ピンは衝撃的に聞いていた。

「その女の人は、……あの工場で働いてたのかピン?」

「……いえ。そうではないです。あの工場……というかもうなくなったけど。僕が働いている

のを時々心配になって見にきてくれたんです。そこを奴は、……クラークは見てたようで、目

障りだからって……。くそ! 僕には姉さんしかいなかったんだ。……たったひとりの。姉さ

んは優しかった。僕は、姉さんが大好きだったんだ。……だからこそ、奴を許さない。姉さん

が殺されたのを知った日から、僕は決意してた。あのクラークをぶちのめす、って。たまたま

奴が敵側についててよかったですよ。心残りなく殺せる。その前にたどりつけるか分からない

けど。僕は死ぬ前にあいつを殺さないと気がすまない」

 年は二十ほどの男、全身の筋肉の発達には目をみはるものがある。おそらく工場に入ってか

らついたものであろうその肉体は、傷だらけであった。他人と変わらない汚れた緑色の服を着

た、金髪の男。その男は今、怒りでいっぱいなのがピンには分かった。

「あ、ピンさん、いや、隊長、すみません。つい頭にきて……」

「いや、構わないでくれピン。それよりも君の気持ちが少しは分かったつもりピン。野郎を一

緒にぶちのめそう!」

「  ありがとう、隊長。全力を出し切りましょう!」

 アテリセはピンの応えに満足し、少し気が楽になったようで、そのままゆっくりと腰を下ろ

し、大きく息を吸った。

 そんなアテリセを見ながら、ピンはとことん思った。

(いろいろあったんだなピン。あの工場も)

 アテリセガ疲れて寝付くのを見届けて、辺りに注意をそらした。声や焚き火の音もする。

 ジュー

 焚き火の音とはいえ、肉を焼いているような音。本当に焼いているかもしれなかったが。

 アテリセが眠りについてからしばらく経ち、ピンはかなり薄暗くなってきているのに気付い

た。

(そろそろだなピン)

 やる気に満ち溢れた表情で、体をくねくねさせた。

「みんな、起きてくれピン。アテリセには悪いけど……。そろそろ決行したいと思うピン!」

 ピンの声で全員むくむくと起き出した。……起きない者もいたが。

「うわあ……」

「ねみぃ……」

「けど、やんなきゃな」

 眠そうだが、気合が入っているのは確実であった。

 ピンはとりあえず短刀を右手に握り締め、銃を左手に持つ。

 ファルだけがいまだに眠っている。

「起きてくれピン」

「……むに。昨日はペンが死んだんでか。……けへ 」

「は?」

 ファルは寝ぼけて、目がイッている。ピンは尾で顔を引っぱたいて起こした。

 その様子を横目で見ながら微笑を浮かべるアテリセは、二丁の銃を右手に持ち、左手で弾を

入れている。余りは胸ポケットにしまった。他の男たちも準備をしている。

 既に森の中は暗さに満ち始める。ピンたちはそれぞれ木の枝に火をつけて、持ちながら話を

している。

 何か明かりがなければ何もできないくらい真っ暗だ。星の光も全く届かない……この森は。

 ピンは目を光らせて十五人の男たちをまとめ、中心に立った。みな、真剣な眼差しをしてい

る。

「準備はいいかピン?」

「もち!」

「O・Kだぜ!」

「やる気も抜群!」

「ぶち殺してやろうぜ」

 全員大声で返事。ファルはまだ少し眠気が残っていたが、きちんと準備はできていた。そし

て、ピンは静かに息を吸い、尾を思い切り振った。

「みんな! P・U部隊、これからやつらの陣に突入するピン!」

「おう!」

「おっと、あまり大きな声は出さないようにピン。しぃー……」

 注意しながらピンは先頭に立って、辺りを見渡す。続いてアテリセがつき、再びファルが最

後尾についた。

 一列になって森をかきわけ、奴らに向かう。

 木々には、虫やら、毒を持った蛇なんかが出て、かなり危険だ。

 ……が、そんなことは構わず、ピンは進んだ。……自分は特別だということを忘れて。

「うぎゃあ  なんだこの虫は!」

「いで! 刺された!」

「気持ち悪ぃ!」

(こりゃ、まいったピン。戦う前にこんなことで大丈夫なのかピン……。ま、いっか。とりあ

えず進むピン)

 気にせずに進むピン。列は少し崩れたりもしたが、なんとか持ちこたえる。

「しかし、きついな、この森は。初めて来るからな」

「まあ、そう言わないでくれピン。みんなそれは同じなんだから」

 ピンの後ろの後ろ、つまりアテリセの後ろの男が弱音を吐いた。

「我慢だよ。ファイトだ。もう少しだからさ」

 アテリセだった。彼は後ろの男にいろいろと話しかけてやっている。

(アテリセはとってもいい奴だピン。仇を取れたらいいのにピン……)

 いつの間にかいろいろと考える猫になっていた、ピンは。

 次第に人の耳にも聞こえるくらいに近づいてきた。ピンの後ろが少しざわめき出した。

「静かにしてくれピン。うろたえてちゃ駄目ピン」

 普段より気合が入っている。自分も危険だということを考えていたのだろう。縫いぐるみだ

から死することはないとは、言い切れないもの。

 ピンたちは十分に注意して歩み進んだ。危ない森を。

 声が聞こえる……。

「おい、お前。踊れや」

 やはり焚き火があり、すっかり真っ暗な夜のはずが、妙に明るい。

 一応向こう側の指導者、クラーク。彼が隣の男にそう命じた。全く、随分と偉くなったもの

だ、こんな脆弱男が……。

「しつけえぞ、著者  黙れ! ……はあ、はあ……」

 いきなり疲れている。情けない男だ。

 とまあ、そんなわけでピンたちは奴らがいるすぐそばの木の陰に隠れていた。

「やっぱり、円になってるピン」

「ええ」

 奴らは焚き火を囲んで円になっている。人数が相当なもので、そこらの打ち上げに比べ、規

模が違う。

 その範囲だけ、木や草が刈り取られている。おそらく奴らがやったのだろう。

 ちょうど円の周りは、木々で埋もれていて、すぐ後ろにいてもまず分からないだろう。その

くらい覆われている。

 ピンは絶好の機会だと思い、P・U部隊に指示した。

「みんな、今から攻撃に入るピン。って、格好いいこと言ってるけど……。とりあえず、そこ

の手拍子してるハゲをこっちに引っ張り出し…… 」

「俺のことか、それは? いくらピンでもそれだけは許せんぜ」

 ファルが突然ピンの両腕を掴んだ。けっこう怒っているようだ。

「ノー  違うピン! あいつのことだピン! 手拍子してる奴、って言っただろピン!」

「……そっか。すまんな」

「で、そのハゲをこっちの森の方へ引っ張り出すんだピン!」

「O・K」

 なんかいけそうな気がする  ピンにはそう思えた。

「えーと、じゃあ僕が奴の、いや、んーと。じゃ、アテリセとそこの君が二人で片方ずつ、奴

の腕を思いきり引っ張ってこっちに持ってきてくれピン。その後は僕らでめった打ちにするピ

ン」

「分かりました。ラニ、君と僕だ。張り切っていくぞ」

「分かってるって」

 ラニと呼ばれた男、何も持っていないが腕には自信があるようで、証拠に上腕二頭筋がもの

凄く膨らんでいる。二人以外は、少しその場を下がった。

「じゃあ、頑張ってくれピン」

「はい」

「おう」

 ふたりは木々の陰、ハゲ男のすぐ後ろに立った。

 奴らには見えていない。

「じゃあ、せーの、で」

「分かった」

 息はバッチリ、ということを確信し、アテリセは構えた。既に二丁の銃はピンに預けていて、
両腕は空いている。

(少し緊張してきた)

 アテリセは自分の胸の鼓動がうるさく聞こえて、苛立ちを感じていた。ラニを見て、異様な

ほど落ち着いているのにはさすがに驚いた。ラニは実戦が多かったらしく、余裕だ。

「じゃ、いくぞ」

「おう」

「……せえの」

 ふたりは木の陰からハゲ男の腕を掴み、ピンたちの方まで引きずり出した。

「な、なんだ 」

 男はでかい声を出した。

「やっちまえピン!」

「おお!」

 全員で切りかかった。

 っとその時、でかい声 

「はっはっは! かかったな、ピンのくそやろう! お前らの負けだ! ハッハッハ 」

 その声の主は、奴らの中の、一応指導者クラーク。声は、焚き火のさらに奥から聞こえる。

 ピンたちは驚き、そっちの方へ視線を向け、注意深く目を凝らす。

「な、何 」

「そ、そんな馬鹿な」

「なんでだ……」

 それら驚きの声を断ち切るように再び大声を上げた。

「お前らが生きてこの森の中に入ったことくらい、あの高い岩の上からは丸見えだったのよ!

カッカッカ。この宴会も全て芝居よ! なかなかたいしたもんだろ? 森の中じゃ、戦い辛い

んでな……。お前らをおびきだして袋にするつもりだったのさ。ったく、そんなことも分から

ずにのこのこと……。かわいいやつらよ。ハッハッハ! 見物だぜ、こりゃ」

 森の中を掠れ声が響く。ピンは汗と恐怖でいっぱいになった。ファルも同様に凄い顔だ。

「こ、これはもう、終わりか……」

「もう……駄目だ」

 全員が諦めかけている。その中心で、……ハゲ男はくたばっていたが。

「全軍に告ぐ  やつらはすぐそこだ! 八つ裂きにしろ!」

「うおぁぁ 」

「突撃!」

 クラークは命令し、こっちにゆっくりと近づいてくる。手下どもはナイフやら剣やら、各々

いろんな武器を手にさげ、ピンたちに向かってくる!

 P・U部隊は力が抜けて、腰を下ろす者も出てきた。

「諦めるなピン! 最後の最後まで戦い抜くんだピン!」

 ピンはいつでも冷静だ。その言葉に響きがあり、やる気が出てきた。

「そうだよな。そのためにこんなことしてんだから」

「そーゆーこと!」

「死んでった仲間に悪いしよ。少しでも仇を取ろう! これが俺らの目標だぜ!」

「隊長、俺たちはやるぜ!」

「その意気だピン!」

 ピンの言葉で、十五人全員が立ち直ってくれた。

 っと、

 ズバァ

「ぐふぁあ! ファル、助け……」

「キャス! ちくしょう  貴様ら、全員ぶっ殺す!」

 ひとり、鉄の斧で左肩を心臓まで裂かれた。ファルは大剣を持って切りかかる!

「死ねや!」

 ジュバー

「うおあぁ……」

 ひとり、奴らの中の男が死んだ。

 ピンたちはじっと見つめたままだ。ファルは振り返り、叫ぶ!

「みんな、何やってんだ! 戦えよ! お前ら、こいつらに仲間殺されて今まで何も思わなか

ったのか  」

 ズザア 

「うがあぁ!」

「ファル!」

「早くしろ……。ピンも……」

 ファルは腹を小型ナイフで刺されたが、すぐに反撃した。

「そ、そうだよな。やるっきゃねえんだ!」

「うぉあ!」

 他の男たちもどんどん敵側に攻撃していく。ピンは銃を構えた。

「ぶちのめすピン!」

 ドン、ドン、ドン……ドン!

「うおあ……」

「  ………」

「かは」

 連続して撃ち殺す。アテリセもピンと並んで撃ちまくる。敵も次々と死んでいくが、量が多

すぎだ。

「……もちこたえてくれピン  もう少し、もう少し……」

 ドン……ドン!

「ぐお!」

 銃のせいで、森が少しずつ燃え始めた。向こうは砲弾もある。

 ヒューン……

 ドグォーン!

「うわぁぁ」

 またひとり。

 ブジャアァ

「ぐえ! 隊長……、後はたの……」

 血が滴る。P・U部隊は次々と人数を減らしていった。

「くそぉ! ふざけんじゃねーピン!」

 ダダダダッダ

 連射し、即、敵を減らす。弾は多数用意したのでその心配はないが、圧倒的に数が多すぎる。
「じへぇ  ピン……! たす……」

「ファルさぁーん 」

 ファルは頭を、真上から剣でバッサリ裂かれ、とうとう倒れた。そして数秒後には、死んだ。
ピンはそこをじっと見ていた。

 ズバァーン!

「くふぉ」

「待て、死ぬな! ぐあぁ!」

 他の者たちも傷付いた。

 手榴弾を投げてくる者もいて、目茶苦茶な状態。

 向こう側の死亡者も少なくなかった。森の焼ける箇所も増えていく。
                    マ ジ
(こ、このままじゃ、本当で全滅しちまうピン!)

 思ったがどうしようもなかった。額を汗だらけに、尾をブルブルと震わせている。

 工場跡へと、森の被害は激しくなっていく。全体が火にのまれかける。

 既にピンは冷静心を失っていた。

 ボァーン!

 ドガーン

 ドドドドッ

 だが、爆撃は止まらない。

 何の術もなく、おろおろするピンは、死ぬ気で叫んだ……。

「ちっくしょぉー 」



 ……火、人の叫び声、爆撃や助けを求める声が静まり返ったのは、それから三日後のことで

あった。





                 第三章 一時の休息には…





「まぁ、そんなわけで激しい戦乱の後、僕らは勝ったんだピン」

「へ? 負けたように聞こえたんだけどミ」

「負けてたらここにいねーピン」

「いない方が良かっ……げぇ!」

「何が言いたいのかなピン?」

「い……いや、なんでもねーピン。それよりよく切り抜けたなミ。おめーのような下等生物が

……ぐふぁ!」

「てめーに言われる筋合いはねーピン!」

 ピンはとりあえずミドの耳を捕まえて、引いた。

「いってぇ、やめろミ」

 ピンは少しやり過ぎたような気がして、少々やめてやった。

 ミドは安らぎを手に入れ、ピンから一歩下がって、呼吸を慣らし、座った。……足はないが。
「けど、その話によると俺がやったって分かってなかったような気がするんだけどミ」

「……まぁ、それは後で言うピン」



                                    



 P・U部隊とP・U反対派の戦争らしき戦争が終わってから早一年、P・Uはとりあえずそ

の地を去った。

 工場跡地、森は全て焼かれ、何もない。空気は汚れていて、風もなければ水もない。

 ……最低な地となった。

「ふぅ……、ここまで来ると、さすがにあの腐った臭いは消えるピン」

 P・Uは元工場の周りの、ものすごい広範囲に広がっている、焼け焦げた森を抜けた。

 いつまでも続いていそうな一本の砂の道を歩き続ける。先には何も見えない。

 道の横には、両側とも広い砂地。

 さらにその砂地の向こう側には広大な海が見える。綺麗で澄んでいる海だ。

 森を越えたここは、くらべもんにならないほど、美しさに満ちる。

「なかなかいい眺めでしょう」

 金髪の、筋肉の豊富な男、U・U・U工場の服を来た、手ぶら、さっきまでは何かを持って

いたような跡が残っている。

「僕はこの工場に来る前は、向こうにいたんです。ちょうど二年前くらいかな。ライシャルと

二人で来させられたんですよ。な、シャル?」

「……うん」

 この男も、アテリセたちと同じ服装で、少しおとなしい彼はライシャル、仲間には一般的に

シャルと呼ばれている。

「こんなとこ早く抜け出してもよかったんですけど、まああえて。他のみんなは大抵ここが島

だと思っていたようで、逃げようなんて考えていなかったようです。まあ、知っていたところ

で逃げようとしてもどうにもならないですけど。……? ピンさん? やっぱりまだ元気ない

ですね。早く立ち直った方がいいですよ」

「でも、生き残ったのは僕たちあわせて三人。……他のみんなが……、……寂しいピン」

「仕方ないですよ。それでも勝っただけマシじゃないですか」

 ピンを挟んでふたり。アテリセとライシャルが歩く。

 道は一本道。彼らを阻むものは何もない。

 工場にいた時よりも比較的涼しい風が吹く。

 ピンは気持ちいい気分だったが、死んでしまった者たちのことを考えると、……少しだけ心

が重くなってくる。

(ファルさんも死んじゃったピン。これからどうすればいいっていうんだピン。このふたりと

……)

「っと気合いを取り直して……。隊長、これからどうするつもりなんですか? このままずー

ーーーっと歩けば、大きな街がありますけど」

 彼は自分が少し知っているので、なんかいい気分。

 鼻を擦りながらピンを見る。

 ピンは眉を上げた。

「何もすることないし……、そこに行くしかないピン。工場について何か分かるかもしんない

し……」

「そっすね。けっこう距離ありますけど、そんなことはどってことないっす」

「……アテリセ、君、仲間が死んだのに、よくそんなに明るくなれるねピン」

「終わったことは仕方がない。大切なのはこれからってヤツです。それに……」

「……あ、なるほどねピン」

 アテリセは妙に気の晴れた顔と素振りである。

 シャルには理解できなかったようだが……。

 ピンはそんな彼を見て言った。

(おねーさんのかたきがとれて、スッとしてるんだろうな)

 ついでにライシャルも見たが、アテリセとは正反対の表情で、今にもナイフかなんかで手首

を切って大量の血を流しながら地獄にでも落ちたいって感じだ。

「……そんな、そこまで言わなくても」

 ピンは明るさを取り戻して笑顔になった。

「じゃあ、とりあえずこれからが肝心だピン! 張り切っていこー」

「はいっ!」

「そうですね……」

 ピンたちは歩く。

 砂漠のようなところ、だが涼しい風が青い空のもとを吹き抜ける中、海の見える地を。



 一本道を数時間歩いて、そして日が沈む頃、やっとのことで街にたどり着いた。

「へぇー。ここが街ってとこかピン。でっかいピン」

「? 初めてなんですか?」

「そうピン。まだ生まれたばかりだから。しっかしおもしろいところだピン。いろいろあって」
 高い壁があったが、それは周りの侵入者などから守るためであろう。

 門には二人の門番が武装していたが、ピンのような物体は初めてみる、という口実で、珍し

がって特別にも中に入れてもらった。

 かなり大きな街だ。

 他世界に行っても、これだけの街はそうは見つからない。

 村や道端にただ建っているような通常の家々の四、五倍は軽くありそうな建造物が、三軒ず

つ、区画に立てられており、そのほとんどが店のようである。

 住居はもっと奥の方にある。

 ピンには初めてみるものばかりで、田舎者のように辺りを見渡している。そこをふたりは後

ろからいろいろと説明をしてまわる。

 ピンは好奇心を丸出しにして飛びつく。そんなこんなでピンたちは街巡りをしていた。

「そういえばピンさん。べつにこれからは工場にこだわらなくてもいいじゃないですか? 他

にもいろいろとあると思うんですが」

「いや、カンドゥさんと約束したんだピン。なんとしても工場を建てるんだって。どうするか

分からないけど。だからこそここに来たんだピン」

「そこまで言うんなら、僕はいっこうに構いませんけど。今まではピンさんのおかげですし。

ついていきますよ」

「ありがとピン」

 一画にピンたちは止まった。

 っと、アテリセが思い出すように顔を上げた。

「ところで隊長。あの工場が突然爆発した理由って知ってます?」

「え? ……もう必要ないと思うけど。一応、何ピン?」

「まあ、あくまでこれは噂なんで……。でもその噂を聞いているのも少数でして。とは言って

も、僕たち以外は皆死んでしまったから、知っているのは僕一人? だよな」

 アテリセはひとりで言ってひとりで納得していたが、即真面目になり、

「実はですね  」

 ダダダダダッ

 突如銃声が鳴り響き、アテリセは途中で言葉を失った。

 三人は、大通りに急いで出た。

 市民は騒ぎながら逃げていく。その中には既に撃たれて死にかけている者もいる。

「なんだ?」

 大通りのちょうど真ん中、黒いマスクを被った三人組が、銃を構えている。

 その中のひとりの腕の中には黒い大きなバッグがひとつ。ジッパーが少し開いており、中に

は何束もの紙が入っている。

 ピンは人並みはずれた視覚でそれを捕らえた。

「えーと、奴らが持っている鞄の中には、……なんかたくさん紙が入ってるピン。あれが『金』
ってやつかピン?」

「何? 本当ですか? ってことは、強盗なんかだな」

 アテリセはとりあえず辺りを見渡した。

 大通りには十人ほどの人が倒れている。他の人々はほとんどが逃げ隠れたようだ。

 三人の男は、ただ立ち止まっている。

(何やってんだ? 普通ならすぐに逃げるはずなのに)

 三人組は周囲をキョロキョロと見ながら動かない。

 タッタッタッ

 大通りの先から、三人組を挟み、奥からも大勢の警官隊が盾と銃をそれぞれが持って走って

くる。

 奴ら三人組はうろたえているのだ。

「やべえぜ。どうします、兄貴?」

「とりあえず逃げるっきゃねーだろーが、このクズ!」

「……とにかく急がんと」

 三人組は近づいてくる鶏冠の群れに銃を向けながら、視線を周囲に向ける。

 っと、ちょうどアテリセの目と合った。

「よし! 向こうの変な二人のそばの路地を通るぞ」

「え? あんな狭いとこをっすか?」

「ぐだぐだ言ってねーで急ぐぞ」

「ふう」

 三人組は慌てた顔でこちらに向かってきた。

「な! なんかやばいピン! こっちくるピン。とにかく逃げるピン!」

「おう、隊長!」

「……」

 ピンは路地の方を向いて、走り出した。二人も続く。

 三人組はそれを追いかけるように向かってくる。

「待ちなさい! 君たちは既に我々に包囲されている!」

 警官隊の声。と同時に走って近づいてくる足音。
                                                  ・・
「こ、これはけっこうやばいっすよ! 隊長、俺たちもせいにされてるみたいで!」

「んなこた分かってるピン! とにかく逃げるんだピン!」

 走りながら話すおかげで、余計にアテリセとシャルは疲れが増した。が、ピンには影響無し。
シャルは無言で走る。

 小さな路地を三人は走る。その後ろに三人組、さらにその後ろからは警官隊がギャーギャー

騒いで押し寄せる。

 ピンたちと三人組との差は次第に狭まり、手を伸ばせば届きそうになったところで、三人組

の親玉が真っ赤な顔で鬼のような声で叫んだ!

「そこのガキども、どけい!」

 そしてそいつは持っていた銃を走りながら構え、

 ……撃つ!

 ドキューン!

「うぉわあ!」

「  アテリセ! 大丈夫かピン 」

 アテリセの頭のちょうどど真ん中に弾丸は命中!

 シャルは隣で走っていたアテリセの頭からあふれ出る血と、だんだんと動きの鈍くなってい

く彼の体を見て、絶叫した。

「アテリセ--!」

「止まっちゃだめピン! 殺されるぞ!   そこの脇道に入るんだピン!」

 ついにアテリセは倒れ、三人組は気にもかけず、彼を踏みつぶしていく。

「た、たちょ……。今、さき、すみま……せぐあ……。はあ………か。……くほおあーー!」

 アテリセは苦しみを我慢し、最後に叫んだ。

 ピンには、走りながらだったがその声がかすかに聞こえていた。

 やむなくシャルとピンは、離れた脇道にそれて、なんとか振り切った。三人組と警官隊はそ

のまま走っていってしまった。

「……ちくしょう!」

「………」

 シャルは、脇道を少し進んだところのパン屋のような建物の横の花檀の前で、屈んで泣きま

くっていた。

 ピンは立ちすくみ、何も言うことができなかった。

「……シャル」

「……くそぉ! 隊長! アテリセをここまで連れてきましょう! そのくらいはしてやらな

いと  」

「駄目だピン! 今行っても警官たちで……。しかも僕たちが犯人にされちまうピン!」

「じゃあ! ……ちくしょう……」

 いつも無口で静かなシャルが、今回は取り乱している。

 ピンは仕方なく時を待った。

(なんで……? なんでいつもこうなるんだ……ピン? ただ、工場の再建の参考に、ってこ

の街に来ただけなのに)



 近くから、正確に言えば近くの店から変な声が聞こえる。

(なんだピン?)

「……なんと世にも不思議! 怪しい縫いぐるみが話すんだミ! 触れてみたい  」

「ん? どこかで……」

 どこかで聞いたことのあるようなその口調に、ピンは起こされた。

 二人はいつの間にか、店のそばで眠ってしまっていたようだ。

 隣でシャルが、疲労と悲しみが重なり、眠っているのを、ピンはあえて起こさないようにし

て起き上がった。

 さきほどの声を抜かしては、とても静かな夜の街だ。すっかり暗くなってしまい、人通りも

かなり少ない。

「……もう騒ぎは済んだみたいだピン」

 さっき走ってきた路地に出てみた。なぜか余計に薄暗く感じられる。

「……?」

 その道を、元来た方向に走った。

 途中、かなりの血がコンクリートに染み込んでいる。既に乾いてはいるが。

「……アテリセの血……。でもアテリセは?」

 ピンはしばらくの間、周囲を見渡してみたが、警官隊が運んでしまったのかアテリセの姿は

なかった。

 諦めてシャルの元へと戻った。

「……アテリセ」

 笑顔で寝言を言っている彼を、ピンは気の毒に思った。

「この街の、なんか参考になるものを探さないと! 来た意味がまったくないピン! 探すっ

きゃねーピン! ……?」

 ピンの視線は、パン屋のようなものの建物の二軒先にある大きな店に釘付け……とまではい

かないが、そのくらいの間止まった。

(さっきの声も、確かあの店の中からだピン。なんの店だピン?)



 「にゃー」

 猫の泣き声……。かなり近くだ。

「……ん? なんだ?」

 シャルは目を覚ました。

 顔の上には、茶色の猫の顔がある。

「どわっ 」

 突然大きな声を張り上げて跳び起きた彼に驚いた猫は、光が多量に漏れている店に走りだし

た。

 何かその猫に感じたものがあり、シャルはついていくことにした。

「……そういえば、アテリセは、……死んだんだよな。くそっ。……ん? ピン隊長はどこに

行ったんだ?」

 シャルは周辺を見渡し、円を描くように歩きはじめた。

 既に閉まっている店が多く、この辺で開いている店といったら、パン屋の二軒先のあの店だ

けだ。

「まいったな。これからどうすればいいんだ? あれ? 隊長じゃないのか、あれは?」

 シャルは、その店の出口で中を凝視して硬直しているピンの姿を発見した。

 ピンは立ち止まったままだ。シャルは何かと思い、近寄って店の中を覗いてみるが、別段変

わったものはないようだ。

 正面にいきなりカウンター。その向こうにはきちっと身なりのいい男がグラスをふいている。
台を挟んで、何人か飲んでいる。酒場だ。

(なんだ? 初めてきたもんだから、驚いているのだろうか)

 そう思いながら、気休めのつもりでピンの背中を触った。

「まーまー、驚かなくたって大丈夫ですよ。どこにでもある酒場……ん?」

「見つけたピン……。あいつ、こんなところにいやがったピン!」

「え?」

 ピンの視線は、正面よりも多少右側にずれており、たかっている客のほうだった。

 普通に見ただけでは分かりにくいが、……だがよーく見てみると、客の透き間には大きな樽。
 その上には緑色の怪しい物体。緑色の毛を全身に覆わせた野球の球くらいの大きさで、そん

な形だ。耳を二つ立て、小さな丸い尾を携えて、さらには黄色いリボンを付けた手足のない物

体。生物ではない。

 ……その物体は……

「さあさあ皆さん! こんな喋る縫いぐるみなんて、この世の中どこへ行ってもございません

! ちなみに僕の名前は『ミド』。見たい人、触れたい人、話がしたい人、殺したい人……。

そんなことを望む人は、おひとり……ん? なんだミ?」

 その物体  ミドは周囲にいる客の透き間から、桃色の小さな猫が、今にも襲いかかって

きそうな気配で、こちらを向いているのに気付いた。

「……あれは確か……。あんときの猫。ピンだったっけかミ」

 ミドはしばらくピンを見ていたが、なんだか殺されそうな気がしてきた。

 ピンを見ていたシャルは、ようやくミドリ色の毛の物体に気付いた。

「……な、なんだあれ?」

(ふっ。やっと見っけたピン。カンドゥさんのかたき! ぶっつぶぅす!)

「ピーーーーーーン!」

 声とともに、樽の上のミドに向かって跳んだ!

 周りにいる客は驚いて避ける。飲んでいる客も、ピンたちの間をかなり空けている。

「ゲッ! なんだミ 」

 ミドは樽から素早く降りてピンの方を振り返った。

 ガゴーン!

 樽に突っ込んだ穴からは紫色の液体が流れはじめる。ワインかなんかであろう。

 ミドの毛の中にその液体が染み込み、たちまちミドは紫と化す。

「いざこざは外でやってくれ!」

 主人は叫ぶが、ピンは聞いていない。

 客のほとんどが出て行ってしまい、店はいつの間にか静かになっていた。

「な、何すんだミ! ってまた 」

 ピンはミドにすかさず襲いかかる!

「っと、俺が何したんだミ! やめろミ!」

 高速で店の外へと向かう! 外は既に真っ暗だ。さらに静かすぎて不気味でもある。

「おいおい隊長! どうしたんですか。その緑色のはなんなんですか? なんか変な動きして

ますよ!」

「変は余計だミ!」

「ぶっ!」

 ミドはついでにシャルの顔を突き飛ばして逃げる。

 シャルはうろたえ出口で焦る!

 ついで、主人は頭を抱えている。

「待っちやがれピン!」

 静かな夜に、騒ぎ声。

「ま、待ってくれミ!」

「お前が待ちやがれピン!」

 ミドは店から一直線の大通りに出て、街の北の方へと向かって走った。

 真っ暗で何もないってくらいだが、気にせずに走る。

 時々、つまづくがそんなことはおかまいなしに走る。

 ピンがその後を追う。酒場からはどんどんと離れていく。

「おーい! ピーン隊長! 俺はどーすりゃいーんですかぁ 」

 シャルは立ちすくんだままピンたちの方を向いていた。

 ピンはシャルを置いたまま、とりあえずミドを追った。



 何日も、何日も……



                                    



「何日も、何日もって、……まあその言い方はべつにいいけど。けど何がおもしろくて一年も

てめーなんかを追いかけなきゃなんねーんだピン! とっととつかまりゃよかったのによピン

!」

「……じゃあ追わなきゃよかったじゃねーかミ」

 ドガッ

「いで! しかし、俺がいない間にいろんなことがあったんだなミ」

「ああ、そうだピン。お前のせいでとことん体力を消費しちまったピン。ま、けどとりあえず

そこんところの復讐したことだし……」

 ピンはとりあえず話し疲れて溜め息をついた。特に意味はなかったのだが、復讐を終えた一

息って感じだ。

 ミドはそんな中、風に吹かれながら静かに空を見上げていた。

ミドとピンの工場復興発端物語 1





                              プロローグ





 ウイーン、ガチャッ……ゴトン

 機械の鳴り響く音……。広い煙だらけの工場の中で、いろいろな音が混じり鳴っている。

「そこそこ違う! 向こう側」

 大型トラック二千台分も軽く入るこの工場は、機械だけではなくガスや車の音、人の声や騒

音などが聞こえ、何もしらずに入った人間などはとりあえず全壊したくなる程、凄い騒がしさ

に満ちている。しかも臭いがきつすぎる。いろいろ腐ったものを……例えば、死体とか納豆だ

とか、そんなものを混ぜたような臭いだ。

「カンドゥ!」

「は、はい」

「何度言ったら分かるんだ。壊れるって言っとるだろうが! 貴様……、俺をなめとんのか?」
「いえ、決してそんなことは……」

 罵声が響く。彼は言われるがままにことを進めた。年の頃十七程で、長身長髪の男である。

緑色の汚れた軍服を着ている。右腕にはブレスレットのようなものをつけており、それは今に

も破裂しそうなほど光沢に満ち溢れていた。

「しかし大変だよな、いったいいつまでこんなことやらされてんだろ」

 突然声がしたので振り返ってみると、全身怪しい黄色の服に覆われている男がいた。年はカ

ンドゥと同じくらいで体格はしっかりとしている。頭は丸めていて、それ意外は特徴のない男

だ。

「なんだ、ファルか」

 ぼそっと言うと、彼は再び作業に取り掛かる。他人とはあまり話そうとしない。

「なんだはねぇだろ。……しかし相変わらず無愛想だな」

「ほっといてくれ」

 カンドゥは嫌気がさしたようにわざと見せ、今いる一室  とは言ってもかなり大きいが、
その端にある木製のドアを開け、中に入って行った。工場……とは言っても、ここは普通のそ

れとは違いほとんど家のような所だ。作業をしている時も、それほど家に在宅しているのと変

わった感じはしない。ファルもカンドゥを追うように歩いて行く。顔についていた汗が飛び散

り、辺りの機器につく。この男は異様に汗が出る体質なのだ。彼はドアを閉め、さり気なく立っ
ている椅子に座った。大きく古そうなテーブルに、それを挟んで椅子が二つずつ、計四つの椅

子が並んでいる。他には物といった物はなく、人もいない。たいして小さな部屋ではないが大

きくもない。いわゆる休憩所のような所だ。彼が入った時にはすでにカンドゥの姿はなかった。
「どこ行きやがったんだ……? あいつ」

 少し戸惑いながら窓を見る。比較的小さな窓だ。窓の外は白い煙で見通し辛い。テーブルに

置いてあった葉巻を吸いながら、彼は付近にあった鼻紙を手に取った。

「……しかしなぁ、早くこんな所抜け出してぇよ」

 ファルは常に思う。こんな……いや、この工場に来た時からそうだった。どんなに働いても、
給金が入るわけでもない。ただ単に働かされるここにいては、誰だってそう思うに違いない。

ここ『リグ』は、どんな時でも煙を吹いている。外の様子は全く見えない。外から中の状況が

どうなっているのか全く分からない。とりあえず、他の世界とは違った辺境の都市……と言う

ことができる。朝には極早く起こされ、夜遅くまで働かされる。当然、この中からは病人がで

てくるが、そういう者も構わずに働かされる。死んだら死んだで放りっぱなし。だから工場は

腐った臭いでいっぱいになるのだ。強盗、殺人、窃盗、暴行なんかを起こした人間がここに連

れられてくる。彼らもその中の一部であった。結局、カンドゥは何日か姿を見せなかった。

 数日後、ファルは作業を中止し休憩所へ向かった。いつものように椅子に座って葉巻を吸う。
(それにしてもどこに行ったんだ、あいつ。金を早く返してほしいんだがな)

 しばらく窓の外を見つめていたファルは、椅子から立って葉巻を捨てた。

 ドゴォーン 

「うおぁ、な、なんだ 」

 急にとてつもなく大きな音が鳴って、近くからはざわめき声が聞こえた。ファルは突然の音

に驚いて、窓を開けて外を見たが、煙だけで何も見えず……どころか、さらに外から煙が中に

入ってきた。

「ぐわっ! なんだ  この煙りはいつものとは違う……。く、苦しい!」

 ファルは目を閉じ、顔の周りを両手で振り回した。息苦しさに耐えられなくなり、窓の外に

向かって叫んだ。

「だ、誰か助けてくれ!」

 窓枠に右手をかけて、叫び続けた。何度も、何度も、真っ暗な煙の中で。

「ウワァオーン、ウワァオーン。緊急事態発生。緊急事態発生。作業に取り掛かっている作業

員は、ただちに撤退してください。繰り返します。作業を……」

 警報がやまずに鳴っている。ファルは頭が混乱してきて全く聞き取れなかった。とにかく叫

ぶファルは胸が苦しくなって……、ついには倒れた。

「カ……カンドゥ……」

 辺りは既に暗闇の中の海。大抵の人間の目ではもう何も見えない。いわば、盲目状態。工場

はいつの間にか巨大な炎にのまれていた。火は、煙が何らかの形で発生したものだろう。今に

も爆発しそうな感じである。

 チリチリ……

 工場の地下にある巨大な焼却炉。やはりここも暗闇ではある。が、焼却炉の炎により、多少

は明るい。中で何かが燃えている。それに引き寄せられるように周りからは怪しげな黄色い液

体が流れてくる。油のごとくぬめった液体。その変な液体は焼却炉の中のものへと向かい、ど

んどん近寄る。そして……

 ピリッ

 触れたっ 

 ヴァグゥオァーン 

「うぉああー 」

 ……そして数年の時が過ぎ……






                     第一章 全ての始まり





「ミー、助けてくれミ 」

 美しい静かな大草原。緑で埋もれていて、環境破壊に繋がるものが全くない大自然。

 真っ青な空に、真っ白な雲。こんなところに来たら、どんな心の腐った者でも心が休まる。

 ……そこにひとり、騒いでいる者がいた。

「たーすけーてくれミー!」

 相変わらず叫んでいる。誰かここにいたら、即殺していただろう。

 その物体は走り続けている。体全体が緑の毛で覆われていて、……どうやら人間ではないよ

うだが、動物でもない。この世にこんなものが存在するとは思えないような生物である。

 ……いや、生物とは見た感じでは違っているが、とにかくその、生物としておこう。

 その生物は、人の手で持てるくらいの大きさで、なんと丸い。球のような形で、耳がふたつ、
真上にピンと立っている。そして目が二つ。小さな丸い尾が生えて、まあ胴体を抜かしては普

通の生き物なんだが、手足がない。それとどう見ても呼吸しているようには見えない。

 付け加えて、目の下に黄色い目立つリボンを付けている。チャームポイントにはなっている

が、特に意味はないようだ。

 足がないので、走れるとは思えないのだが、とにかく草をかきわけて突き進んでいる。

 繰り返すが、生物ではない。それは常に走り続ける。砂漠のような、限りない大草原を。

 足による走行ではないので、横から見れば、平行に動いているオモチャに見える。

 周囲から見れば、ただ楽しんで走っているように見えるのだが、そうではないようだ。

 それを追いかける者が、かなり後ろの方にいた。

「待てピーン!」

 今度は猫みたいだ? いや、これも猫のようだが、やはり緑色の物体と同様に生物ではない。
しかも猫の格好をしているとはいえ、毛色がピンク色である。普通、こんな猫を見たら驚く。

 あとは特に猫と変わった点はなく、大きさも普通の猫とたいして変わらないのだが、なんか

やはり違うのだ。

 とにかくそれは美しい大草原の中で、前の物体を追いかける。

 風がなびく。と同時に草原が揺れる。空は常に青さを保つ。
                                                            ・・・
 何の変化もなく、落ち着いたここに、少し変化が現れた。いや、ここにというのは少し違う

が。

 前の物体と後ろの物体の距離の差が縮まってきている。両方とも人並みはずれた速さだった

が、後ろはさらにペースを上げた。

「げっ! やばいミ!」

 前の物体がかなりの焦りを見せている。

 ……関係ないが、この物体は語尾に『ミ』と付けるのが癖らしい。

「もう少しだピーン! 待ちやがれ、ミド!」

 後ろの物体はやっとのことで追いつきそうなので、顔がニヤけている。

 前の物体  後ろの物体に『ミド』と呼ばれた物体は、表情……というか、胴全体をひき

つらせながら、必死に逃げまとう。

 ガシッ!

 とうとう捕まった。後ろにいた物体は満足感に満ち溢れながら押さえ込んだ。空はやっぱり

真っ青だ。

「や、やめろミ!」

 緑色の毛の物体  ミドは抵抗するが、手足がないので、ほとんど効果を猫に与えること

ができない。

「おい、くそピン! あとで覚えとけミ!」

 猫の名はピン。その言葉で、満足感のあったピンの顔が急に赤くなった。

「許さんピン! 死ねピン! くそミドが!」

 突然そんなことを言って、ピンはミドを殴りはじめた。その殴り方があまりにもひどすぎる

ので、どう表現していいか分からない。それほど凄まじかった。

「ぐぎえぇ、死ぬミ!」

 ミドは死んだ、といっても変わらないくらいの体になって叫んだ。

 体中あざだらけで、内出血はもちろんのこと、血のような緑色の液体が体毛からわき出て、

腫れていくのが分かる。

 液体が出てきたり、腫れ上がる……ということから、生物に近いという感じがしてくるが、

生物ではない。

 ボコボコにされているのにも関わらず、ミドは笑いながら言った。

「ザコ!」

 ピンは余計に頭に来て、ミドが死にそうな体になっているのも気にせず、再び殺すつもりで

殴りかかった。

 ドム、ズコォ、バキィ、ドカァ、ガン!

 そんな鈍い音が静かな草原に響き渡る……ので、静かでもないが。

「やめろミ。なんでそんなことする権利が貴様にあんだミ!」

「は? じゃあ、なんで、今まで長いこと僕から逃げてきたんだピン?」

 ピンは、ミドの球形の胴を持ち上げて振り落とす体制だ。ミドは恐ろしくなって即答した。

「い、いやぁ。ただお前がすごい形相で、いきなり追いかけてくるからつい  」

「笑顔で『つい』じゃねぇピン!」

 ピンはミドを振り落とした。ミドは、動物とか、人で言った場合即死状態まで追い込まれた。
 生物ではないので、死ぬことはないが。ミドはもう体がぐちゃぐちゃにとろけている。

 ピンはミドの答えでさらに怒った目付きでミドの目の前に立ち塞がった。

「じゃあ、なんで僕が追いかけてきたのか知らなかったってことかピン?」

「……まあ、そういうことだミ」

 ミドは起き上がって再び逃げようとしたが、ピンが後ろから蹴りを入れたので阻止された。

「いつまで攻撃してくんだミ!」

 と言いながら後ろに振り返ったらピンの裏拳が待っていた。

 グォン!

 鈍い音でもろにくらう。ミドは、一時立っているのがやっとで、ふらふらしていたが、つい

に仰向けになってバタンと倒れた。

 風で揺れていた草のおかげでほんの少しだけショックが和らいだものの、それでもかなりの

衝撃だった。

「ミィ……ミィ」

 だが意識だけはあるようだ。生物だったらとっくに死んでいただろう。

 そこをさらにピンは踏みつけて、勝ち誇った顔で言った。
          マ ジ
「ったく、本当で知らないのかピン……。仕方がないから教えてやるピン。……いわゆる復讐

だピン、今のが」

「ふ、復讐?」

 死にそうな面でミドは聞く。

「そうだピン。よく聞けピン。全てじゃないけど、大半は脳みそ腐ったお前がいけないんだピ

ン!」

 ピンはミドを常に踏み続けていたが、真面目な顔をしてミドに言いつけた。ミドも目と耳だ

けはなんとかピンに向けている。

 空は青さを保っているが、風がやんだ。まるでピンの話を聞くように制止している。草原全

体もそんな感じである。

「今から二年ほど前……」



     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



 焼却炉の火がもの凄い。近くに寄っただけでも皮膚が溶けそうだ。彼はその一室を通り過ぎ

た。

 胸の高鳴りと、高温の影響で、体と頭が少しイカれてきた。

(よし、誰もいないな……。もう少しだが、ちょっと熱すぎる。少し苦しい。早く抜けよう)

 火の明かりと、周りの少数の電灯の明るさだけなので、かなり暗い。彼はその通路を走った。
 年齢は十七ほどで、長い髪をなびかせて走る。その走行の仕方には、何かつっかるものがあ

ったが、障害のせいだろう。比較的長身の彼は、右腕に激しく光るブレスレットをつけている。
何か秘密のありそうな物だ。周囲からの圧力をかけられているようで、オドオドしながら走る。
「やべっ」

 彼はとっさに、たまたまあった用具入れに隠れた。透き間から様子を見る。従業員がふたり、
向こうから話しながらこちらに来る。

 ふたりとも、彼  カンドゥに似たような服装で、やはり汚れている。

「ったくよう、いつまでやらされてんだろうな。こんな仕事」

「まあ、そう言うな。これでも飯食わせてもらってるだけ、犯罪とかやってた頃に比べりゃ楽

なもんだぜ」

(前のヤツ、いいこと言うじゃん)

 カンドゥは思いながら、ふたりが通り過ぎるのを待った。天井にとりつけてある電灯が少な

く、外部からの光のもれが少ないので、ほとんど周りが見えない。

 五メートルくらいおきに左右にドアが並んでいる。どのドアも鉄筋でできていて、中央のや

や上には小さなガラス窓らしきものがついている。中は真っ暗でどれも何も見えない。が、中

に人がいないのは気配で分かる。とにかく長い一本道だ。

(しかし、薄気味悪いところだよな。早く取って帰ろう)

 カンドゥは不気味な顔で進んだ。手にはフィルムケースのようなものが握られており、その

中には黄色い半透明の液体が半分くらい入っている。

 おそらく、それが『用』なのであろう。

(ファルには一週間も会ってないから、心配してるだろうな。言っておけばよかったかも。た

ぶん同意してくれるとは思ったけど。とりあえず終わってから言おう。まあ、それはとりあえ

ず終わるまで。見つかる前にやらないと)

 ちなみにカンドゥはとてつもなく考えることが好きな、普通の善人だ。だが付き合いがあま

りよくなく、というか、自分から好き好んで接待を拒むところが、多少もったいない。

 何も音はなく、人の気配も一切ない。彼の足音だけが通路を賑やかにしていった。

「ここだ!」

 ガチャッ

 一番奥の突き当たりの一室のドアノブにカンドゥは手を取った。他の部屋よりかなり大きめ

の部屋だ。天井には幾つか蛍光灯があるが、そのうちふたつの蛍光灯がついていた。

 ウィー

 ベルトコンベアの動く音。誰もいないこの部屋の中で、それが異様なほど鳴り響く。その上

には、大量の縫いぐるみが並んでいる。多種多様の縫いぐるみだが、全て完成されているとこ

ろから察して、箱詰めをするようなところであろう。

(僕なんか、縫いぐるみの中に詰める綿集めだもんな。こっちの方がよっぽど楽でおもしろそ

うなんだけど。とまあ、とりあえずいいのを探そう。んー)

 カンドゥは長いコンべアの前でしばらくの間、見ていた。いろんな種類の縫いぐるみが流れ

てくる。大抵は、世間でよく知られているようなものが多いが、カンドゥはそういうものに目

を向けているのではなかった。

「まあ、なんでもいいんだけど。なんかいいの、ないかなあ。……お? これなんかいい感じ

がするぞ」

 カンドゥの表情が明るくなる。目についたものは、猫の縫いぐるみ。子猫ほどの大きさで、

桃色の毛で大きい尾を持ち、……が、毛が乱れていて目が少し変な位置にあり、不良品のよう

で、普通ならこんなものを選ぶ人はいないと思われるのだが、彼はそれに、何かこう、不思議

な魅力を感じさせられた。

(よし、これに決めた)

 カンドゥはそう思うと、縫いぐるみを手に取った。そして後ろに振り返り、戻ろうとした、

 その時、

「おい、貴様! そこで何をしている! ここは立ち入り禁止区域だぞ! ったく、いつまで

世話やかせるつもりだ、カンドゥ君よぉ!」

「た、隊長 」

 カンドゥは驚いて後ずさった。そこには、ひとりの正装をした男が腕を組んで立っていた。

 周りには七、八人の警備隊員らが、銃……とは少し違った感じの機械を持って出口を塞いで

いる。

 この工場では、幾つかのパートに分かれて作業をしているのだが、その『班』ごとの責任者

を、隊長と呼ぶ。総責任者やらなんやらは存在せず、その責任者同士が、それに当たっていて、
全員が平等、それがここの考え方なのだが、時々崩れることもある。ちなみに工場に来る者は、
全てが男である。

「……カンドゥ、私は君の所属する班の隊長だが、私は君が来た時から気に入らなかった。い

つもいつもいつもいつもいつもいつも取り返しのつかないことばかりしおって!」

「それはあんたが起こしたことでしょうが。僕はただ、それを他の班の隊長さんに、さりげな

く教えてあげただけだ」

「やかましい。とにかくいつも周りの班に馬鹿にされる俺の気持ちも考えろ! それからいつ

も他の隊長んとこに告げ口する時、その髪、靡かせやがって! 俺はな、女みてえな長髪野郎

は大っ嫌いなんだよ! このオカマ変人野郎!」

「髪伸ばして、なんでオカマ扱いされにゃならんのだ! 寝る時、クマの縫いぐるみの顔をな

めまわしてるあんたの方がよっぽど変人だわ」

「きっさまぁ、言ってはならんことを~! っていうか、その前になんでそのことを知っとる

んだ! 許さん! この場で射殺してくれるわ!」

 ふたりの甲高い声で、通路は思いきり響く。カンドゥは少し後退して構えた。

「お前ら、こういう礼儀知らずの馬鹿な男には、制裁を加えねばならん! 俺が許すから、構

わずに撃ち殺せ!」

 隊長は顔を真っ赤にしながら大声を張り上げた。警備隊員たちは少し戸惑いながらうろつい

ていたが、ひとり、前に出た。

「いえ、ですがそこまでしなくても」

「うるさい! 構わんから撃て!」

 全員、やむなく構えた。

(これでようやく奴を消すことができる。やっとだ)

「フッ」

「『フッ』じゃねえよ」

 隊長は喜びに溢れた顔でひとり、一階へと向かった。

「……悪いけど、警備員の皆さん。僕はなんでこんなところに来たんだと思う?」

 カンドゥは自信に溢れた声でそう言うと、右手に持っていたケースの蓋を開け、さっきとっ

た猫の縫いぐるみの上の方から、ゆっくりと中の液体をかけはじめた。

 ジュワワ……

 酸系の液体のようではあるが、縫いぐるみには特に影響はなく、ただ流れて染み込んでいく

だけだった。

「何やってんだ、あのガキ?」

「俺に聞くな」

「だが、撃つのはちょっとな……」

 警備隊員たちが戸惑っているのを見て、カンドゥは胸中でニヤけた。

(奴ら、驚いてるぞ。でも、本当にできんのかな)

 カンドゥはとりあえず液体をかけながらじっと見ていた。

 やがて、ケースの液体が切れ、『縫いぐるみに染み込んだ』のと、『下に流れ落ちた』の、

ふたつに分かれた。

(………)

 しばらく音を立てていたが、次第に落ち着いてきた。……そしてその縫いぐるみは、静かに

動き出す。

「ゲッ! 縫いぐるみが動いてやがる! なんなんだよ、ありゃ」

「だから俺に聞くなっての」

「でも、怪しいぜ。撃ち殺すべきか……」

 全員驚いて、乱れている。縫いぐるみはカンドゥの手から降りた。

「っと。……ん? なんだ……? どこだ、ここは。なんなんだ、俺は」

 その縫いぐるみは辺りを見渡した。

 真っ暗な通路。そして八人の警備隊員。カンドゥ。

 ピンッときて、その縫いぐるみは直感的にカンドゥに聞いた。

「なあ、お前。俺って、何?」

(……まさか、こんなことが本当にできるなんて。……なんか信じられない)

 カンドゥは少し戸惑ったが、とりあえず縫いぐるみに顔を近づけた。

「んーとな。ちょっと時間がないから、詳しいことは後で教える。君の名前は、……ええと、

毛色が桃色だから、ピンクだ。単純すぎるけど、とにかくピンク。僕はカンドゥだ。でもって

そっちの方々が敵。奴らを倒さなければならない。……分かった?」

「……まあ、少しな。俺がピンで、お前がカンド。でもって奴らが敵。殺せばいいんだろ、カ

ンド?」

「……んん、名前が少し違ってるけど、まあそんなとこだ」

「おう。でも、いまだに分からないことが多い。後でじっくり教えてくれ。いきなり会ったば

かりで悪いが」

「いや、いいよ」

 そして縫いぐるみの名前は、ピンクとなった。まだあまり意識がはっきりとしていなかった

が、しばらくすると目を大きく広げて立った。

 警備隊員たちも正気に戻り、構える。

「やむをえん! 撃つぞ!」

 ピュン!

「どわっ! あ、危ねぇ! ピンク、気を付けてくれ! 悪いが僕は下がってる。しっかりな」
「分かった。なんとかする!」

 そう言うと、ピンクは『敵』に襲いかかった。

 ガリッ

「うぎゃあ!」

 ピンクの爪によるひとかきによって、警備隊員のひとりの顔から、すさまじい量の血が流れ

出た。

 ピンクはそのまま男が倒れるのを確認して、次の警備隊員に跳びかかる!

 ガンッ

「うおぅ!」

 またもや、一撃! カンドゥは内心、確信した。

(ここまでとは思ってもみなかった! あいつ、すごいものくれたな。だが、とりあえずこれ

でこの腐った工場をつぶして、新しい工場を立てることができるかもしれない!)

 っと、少し思っていたらいつの間にか残りひとりとなっていた。他の七人は全員倒れている。                                              ・・・
ほぼ即死であろう。真っ暗な地下通路で、ここまでひとりで複数の人間を相手にする者など、

そうはいない。……まあ、ピンクは人ではないが。

 そして最後の『敵』に向かってピンクが襲いかかろうとした時!

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はこいつらとは違う! ただ、ただ命令されてやっただけ

だ。せめて命だけは! なあ、見逃してくれよ! 頼む!」

 最後の警備隊員は、ピンクとカンドゥに向かって  主にピンクだが、額に汗を流しなが

ら両手を合わせ、跪いて頼み続ける。

 ピンクは跳びかかる寸前のところで止まり、振り返って聞いた。

「どうする、カンド?」

 カンドゥは迷っている暇などない。隊長が異変に気づいてすぐにやってくるに違いない!

 カンドゥは即座に答えた。

「僕は鬼じゃない。いいよ、ピンク。許してあげよう。僕にはやることがあるんだ。それにと

りあえず、今は上に出ないとやばいからな。……まあ、でも計画の邪魔をするんだったら、結

果は変わらないんだけどね。ま、とにかく行かないと!」

「……分かった」

 ピンクはカンドゥのもとへと戻った。

 ふたりは警備隊員を残して、焼却炉の方へと向かった。

「くっ!」

 警備隊員はひとり、立ち尽くしていた……。

(ちくちょう! こんだけ仲間殺しておきながら言いたい放題言いやがって! ぜってぇ許さ

ねぇ!)

 思うと男は無性に腹が立ってきた。そしてふたりを追う!

「死にやがれ、このクズども! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 ピュン

「ぐっ!」

 警備隊員が後ろからピンクの腹を狙って撃った。

 ……が、縫いぐるみのピンクには全く効果がなかった。……いや、逆に怒らせてしまったよ

うだ。

「おい、ピンク! 大丈夫か!」

 カンドゥは心配したが、その必要はなかった。

「……許せん。殺してやる!」

 ピンクはすかさず驚く警備隊員に跳びかかった。

「うぎゃああ 」

 地下全体に悲鳴が響く。

 ……殴り、かじり、爪で目をえぐり、首を引きちぎり、悲惨な姿にした。

 ピンクは怒りに満ちていて、とにかく裂いた。ハマリにハマっている。

 カンドゥはその悲惨な光景を見て。慌てた。

「ピンク! もういい! やめろ……、やめてくれ! 僕の言うことが分からないのか  お

い、ピンク!」

 だが、ピンクはもはや聞く耳もたない。……というか、混乱していて周囲の声が聞こえてい

ない。

 血が流れる……。カンドゥは唖然と立ち尽くしていた。

 男の体は、既に跡形もなく、血まみれのドロドロで言いようがない。

(……まさか、こんなことになるとは。強すぎるってのも難点だ。なんとかしないとな。……

そういえば、あいつ、あんなこと言ってたな。確か、あの液体で生命を宿した縫いぐるみは大

抵の場合、野性的本能丸だしだって。んでもってそういう奴らは一度火にあぶれば、まともに

従ってくれる。……そういや、すぐ近くに焼却炉があるじゃないか。よぅし、急いでピンクを)
 カンドゥは急いで長い通路を焼却炉に向かって走りだした。火の明かりが見えてくる。

(いや、しかしなんですぐに気が付かなかったんだろ。重要なことなのに。まあ、とにかく今

はダッシュだ)

 巨大な焼却炉の周りは異様に熱い。

(早くピンクを止めないと)

 が、カンドゥは突如動きを止めた。

「しまった! ピンク持ってくんの忘れてた」

 カンドゥは急いで、流れる汗を気にせずピンクの所に戻った。まだ男を引きちぎっている。

 血が通路全体まで流れてきている。けっこうな距離があるのだが。

 ピンクの腹に突き刺さった妙なものと、体の透き間からは血のようなものが出ている。ただ

し、黄色だったが。カンドゥはピンクに近づいて叫んだ。

「ピンク! こっちに来い!」

 ピンクにはやはり聞こえていない。危険だったが、カンドゥはピンクを左手に持って焼却炉

に向かった。ピンクはまだ荒れている。

「ぐお!」

 カンドゥの左手からは血が流れている。ピンクに思い切り噛み付かれた。ひどい出血だ。骨

がボロボロに砕けている。これ以上ダラダラしていると、ピンクが何をするか分からないので、
カンドゥは走った。ピンクはまだ噛み続けている。

「ここだぁ! 焼けろ」

 カンドゥは巨大な焼却炉に噛み付いているピンクを振り放して投げ入れた。

「キェーー!」

 ピンク色の縫いぐるみは焼かれた。体の中から毛穴を通して怪しい液体が流れてくる。と、

同時に動きが鈍くなってきている。

(それにしても強い。あんなひどい物ができるなんて思わなかった。工場を潰すといってもそ

の後、僕も殺されたら意味がないからな。まあ、火であぶれば、危ない奴はおとなしくなるっ

てあいつは言ってたけど。とにかく、今のままじゃ手に追えない。いてぇ。腕がひどい。潰す

前に、ドクターに見てもらった方がいいな)

 カンドゥの左腕は目茶苦茶だ。間接のところから骨がもろに見えている。

 焼却炉の周りに熱さで、激痛がカンドゥを襲う。

「キュー」

 猫の縫いぐるみ  ピンクは体から変な音を立てて潰れている。

(このくらい燃やせばいいんだろうか? 上げてみるか)

 カンドゥは、近くに立て掛けてあった鉄の棒を右腕で持った。

(あちち)

 我慢しながら、火に近づいてピンクを引き上げた。

 ジュワワ

 ピンク色の縫いぐるみは、激しい音を立てて上昇する、白っぽい煙が発生させていた。

 カンドゥはピンクを地に落として、ジッと見つめていた。

 火で焼かれていたわりにはなんの外傷もなく、焦げ臭い匂いも特にしない。はっきり言って

以前となんら変化はない。カンドゥがかけた液のせいだろう。

 ピンク色の猫はボーッとして辺りを見回す。何が何だかわけの分からない、といった表情で

ある。

(なおったのか?)

 そしてカンドゥの目は、ピンク色の猫の目と合う。

「……ん? なんだ、君は? それにここ、やけに熱い。なんだか、よく分からない……」

(んん。いまいちはっきりしないな。……よし、とりあえず)

「んとなあ、ここは焼却炉っていって、物を焼くとこ。だから熱いんだ」

「ふーん。分かった。でも、なんでこんなとこにいるんだ?」

(お、なんとなくよくなったような気がする。前のような恐ろしい気がしない。本当になると

はね)

 カンドゥは崩れた笑みで縫いぐるみを見た。腕の痛みは多少忘れているようだ。

「僕の名前は、カンドゥ。一応、人間。君は縫いぐるみで、んーと、まあ詳しいことは後で言

うよ。で、名前は、ピンク……はもうやめた方がいいな」

「は?」

「ああ、聞きながしてくれればいいよ。んー、どうしよっかな。……よし、狂暴さが抜けたっ

てことで、語尾をとって、『ピン』にしよう」

「……なんか、今、無理やりつけられたような気がするんだけど」

「まあいいから。とにかくそんなわけで君の名前はピンだ」

「……分かった。僕はピンだね」

 ピンは熱さでまだ意識がはっきりとしていなかったが、名前だけは一応覚えた。

 熱さのせいで、まだピンには近づけないが、とにかくカンドゥは満足した。

「ピン。君にはこれからいろいろと手伝ってもらいたいことがあるんだけど、やってくれるよ

な。って、べつに脅迫してるわけじゃないんだけど」

「いきなりそんなこと言われても困るんだけど……。まあいいよ。ピン、やることがないから、
そうするピン」

「おっ、そうか! 助かるよ。それと語尾に『ピン』って付けるのもなかなかだ。とりあえず

ここを出よう」

 カンドゥはニヤけた顔で歩き出した。ピンは不思議に思ったが、とにかく後を付けていった。
 先程の警備隊員の悲鳴が響き渡っていたのにも関わらず、人っ子ひとり出てこない。そんな

通路に血が滴る。電灯の少なさのせいでほとんど分からないが。

 常に静けさを保つこの通路と焼却炉から、ふたりはゆっくりと抜け出していった。



     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



「で、その後、彼と僕は仕事場に戻ったんだけど、やっぱただで済むわけがなかったんだピン」
「なんかあったのかミ?」

「ピン……。カンドゥさんところの隊長の野郎が、百人くらい仲間連れて、僕達ふたりをメッ

タメタにしたんだピン」

 ピンは思い出していたら腹が無性に立って、ミドに八つ当たりしている。ミドは何もできず

にうごめいている。

「ふ、ふっざけんじゃねーミ! べつに俺は何もしてねぇじゃねーかミ! ぬぁにが俺のせい

なんだミ! 関係ねーじゃねぇかミ! 第一、俺が登場してねぇ  ぶはっ」

 ミドはピンの足をはねのけて怒り狂ったが、ピンに潰されて動けなくなった。とにかく相当

怒っているのが鋭い目付きで分かる。

「うっせーピン! こっからが重要なんだからいちいち叫ぶなピン! こんのクソミドが!」

 ピンは再び思い出しながら蹴った。

 草原が揺れはじめる。風がピンたちを吹く。空は、広い雲に覆われているとはいえ、真っ青

だ。ピンは風に当たって気を晴らした。

「僕はカンドゥさんにつくってもらったんだけど、お前もそうだったってこと、知ってんのか

?」

「え? そう……なのかミ? 俺もあいつにつくられたのかミ。はじめてあいつを見た時から、
なんか変な気分だったのはそのためかミ! 野郎……、なんか変な気分を味わわせやがって!

許せねぇ奴だミ!」

「そーゆーこと言ってんじゃなくてだなぁ。とにかくカンドゥさんがお前をつくったんだピン。
分かった?」

「でも、だからって俺は何もしてねぇミ! してねぇったらしてねぇミ!」

「だからぁ、あの後お前がやらかしたことは何か、って言うとな……」



     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



 実際に狙われたのはカンドゥだけだったが、ピンも共犯ということで共に罰せられた。

 幸運なことに半殺しで済んだのだが、それでも激痛を免れることはできなかった。

 焼却炉からしばらく歩くと着く、縫いぐるみ製作最終作業場……。

 ゴトン

 通路を真っすぐに行ったところにある大きな、部屋とも言えるところ。その一室の中から奇

妙な音がした。何かが落ちた音である。

 長く、蛇のようにクネクネと曲がっているベルトコンベアの上から、縫いぐるみがひとつ、

落ちた。

 緑色の毛で覆われている。いかにも怪しい物体だ。耳があって、目もついている。が、手足

がなく、黄色い小さなリボンがついているその縫いぐるみは、製作上ミスがあったようで、な

んだか全体的に不自然な格好をしている。

 恐らく、いや、百パーセント販売したところで売れそうにないだろうその縫いぐるみを見て、
一瞬で判断する。

「なんだこりゃ?」

 そんな感じの売れそうにない、おそらくこの世でたったひとつの縫いぐるみ。

 それは真っ暗な通路に続く出口へと向かって転がった。止まったのは、ちょうど開いている

ドアの近く。まだカンドゥとピン(主にピンだが)に殺された警備隊員の遺体がそのまま残っ

ている。周りには、大勢のハエがたかっている。

 トロ……

 境目には怪しげな液体が流れている。半透明の黄色い液体である。暗くて近づかないと理解

しにくいが、確かに黄色い。

 それは少しずつ、少しずつ落ちた縫いぐるみに近づく。

 縫いぐるみも近づく。なんか偶然とは思えないような出来事で、意図的のような感じである。
互いに引き寄せ合って……そして、

 触れた 

 ……ド、ドドドド

 縫いぐるみに液体が染み込んだ。

 ザワザワ……

 緑の毛が逆立って、静かにそれは動き出した。

「……?」

 まだ意識がはっきりとしていない。ピンと同様の感じである。

 全身には、まだ液体がゲル状にまとわりついて、床にも垂れている。

「なんだ?」

 それは辺りを見回す。警備隊員の死骸の他には何もない真っ暗な通路だ。その一本道の先に

ある焼却炉に、その縫いぐるみの目は奪われた。

(向こうの方から、何かが俺を呼んでる)

 縫いぐるみは思いながら、その方向へと進みだした。キョロキョロと歩きながら、ところど

ころにある小さな部屋に時々入りそうになりながら、あえてそれを拒み、とにかく焼却炉に向

かう。

(だが、一体俺は何者なんだ? ここもなんだかいまいち分からない。誰か教えてくれる奴は

いないのか?)

 焼却炉の火の明かりが見えてきた。そしてその炉が見えそうになった時、

「  な、なんだピン、お前は! もしや縫いぐるみかピン! カンドゥさん! ちょっと来

てよ。何か変なのがいる!」

 ボロボロになった姿で、ピンは緑色の物体を見て叫んだ。

 ピンの毛は暴行による毛抜きで、全身がチリチリになっている。

 そこに彼も駆けつけた。

「なんだって  っていうことは、僕の他にもあの液体を持ってる奴がいたってことか。……

いや、そんなはずは……」

 彼  カンドゥは自問しながらその縫いぐるみを見た。

 カンドゥの左腕は途中からなくなっており、骨が見える。ピンの攻撃の後に、従業員たちに

やられたからであろう。右腕も傷だらけ。全身に傷を負っている。

 ピンは生物ではないので、見た目はひどいが実際には何の支障もない。まあ、精神的には痛

かったのかもしれないが。

 とにかくそんな状態でふたりはここにやってきた。

 緑色の物体は、何を話しているのか興味深く、こちらを見つめている。

「ん?」

 ピンは焼却炉のそばにいるその緑色の縫いぐるみに近づいて、よく見てみた。全身が液体で、
ドロドロに汚れている。ピンは鼻を鳴らして即座に感じとった。

「これって、僕についてたのと同じじゃないかな」

「そりゃそうだろ。縫いぐるみが動いてるんだから。その種の液体を掛ければ、誰だって強い

縫いぐるみをつくれる。うまくやれば頭のいいのだって。……しかし誰だろうな。僕以外は持

ってる奴なんていないはずなのに……」

「いや、だから僕が言ってるのは、これ、カンドゥさんが僕にかけたのと、全く同じだってこ

となんだピン」

「なんだって? 本当か?」

 カンドゥは再び驚いた顔つきでピンに向かった。

「うん。でも、一体なんでピン?」

 その縫いぐるみは、話の内容がわけの分からないものだったので、気にしなくなった。

 そのまま炉に近づき、そして入る。

「なんだ? 自分から入ってったぞ! ……まあ縫いぐるみならそっちの方が助かるけど。ま

たピンのような出来事が起こると大変だからな」

「え、なんのことピン?」

「いやいや、なんでもないよ」

 ピンはきょとんとしてカンドゥを見たが、カンドゥは知らんふりをした。緑の縫いぐるみは、
火の中っで叫んでいる。

「ギャゴエー!」

「き、気持ち悪いピン! ねえ、カンドゥさん。そう思いません?」

「ああ。まあな」

(ピン……、お前もたいして変わんなかったよ)

 カンドゥはピンの問いに少し戸惑ったが答えた。

(だが、本当になんでか分からない。仕事に疲れたからたまたま来てみたら、いきなりあの怪

しい縫いぐるみがいるんだもんな。しかも一人出に焼却炉に入っちまうし。たぶん、野性さを

なくすためだろうけど。けど自分から行くってところが、またよく分からない)

 カンドゥは腕組みをしながら……というわけには左腕がないのでいかなかったが、そんな形

で見ていた。

 ジュワワ

 中でもがいている。カンドゥは見ていたが、ふと思いついた。

(誰がつくったとか、何でかなんてことは、もうどうでもいいや。あいつを仲間にできれば、

儲けもんじゃないか。よぉし、やったるぜ!)

 カンドゥはしばらく深刻な顔で見ていたが、急に満足感溢れる表情になった。っと、カンド

ゥはピンと取った時と同じ棒を壁から取って炉を覗いた。

「……たぶん、これだけ燃えれば大丈夫だろう……と思うんだけど」

 少し迷ったが決めて、燃え盛る縫いぐるみを引っかけて取り出す。ピンも近寄ってきた。

 そのままカンドゥは棒を下ろして床に縫いぐるみを置く。

「大丈夫かピン?」

「……なんかあったかいぞ。……  なんだ、お前ら!」

 その物体も、ピンが出てきた時と同じような感じである。目を丸くして、こちらを見ている。
 カンドゥはその縫いぐるみの目線の高さにできるだけ近くなるよう屈んだ。

「じゃあ、君の名前は? 普通は自分から名乗るもんだ」

「何? ……そういえば、俺ってなんだ? 何がなんだかさっぱり」

 縫いぐるみは困っていた。カンドゥは少しニヤけて、

「じゃあ教えてやろう。まず、君は僕たちの仲間だ」

 言った。

「仲間? 本当か?」

「おう。んでもって、僕はカンドゥ。こっちが猫のピン。覚えておいてくれ」

「……ああ、分かった。で、俺は何?」

 緑色の物体が聞いてから、少し間があった。カンドゥはピンを見て、思いついた。

「よし、君の名前は緑色だから、『ミドリ』にしたいんだけど、ピンと同じにした方がいいか

ら、『ミド』だ! 分かった?」

「……なんか今、無理やり付けなかったか、カンドゥ?」

「いや、そんなことはない」

(なんだか、ピンの時とたいして変わらないな)

 カンドゥは内心おもしろがっていたが、ミドが不満そうにこちらを見ていたので、対応した。
「いや、まあそんなわけで、そういうことだから。……て、何言ってんだか分からなくなっち

まったけど、とにかくそういうことだ。とりあえず理解してくれ」

「……まあ、いいや。分かった。俺はミドだな?」

 ミドは名前以外に特に不満はなかったので、とりあえずカンドゥに近づいた。そこへ黙って

いたピンが来て、説得力のある(とピンがそう思っているだけだが)話し方で言った。

「それで、僕達はカンドゥさんの言うように、この工場を潰して、新しいのを建てるんだピン。
具体的にどうするかは知らないんだけど。詳しいことは後で教えてもらうんだピン。ってわけ

だから、君と僕は手伝うんだピン」

「ちょっと待ってくれ。ふたつ聞きたいことがある」

「なんだピン? 言ってみろピン」

 ピンとミドは深刻な顔つきで対峙した。カンドゥはおもしろがって脇で見ている。少し、焼

却炉の近くだったので熱かったが。

「ひとつ目、なんでそんなことを俺が手伝わなければならない? そんな義理は、少し名前を

教えてもらったこと以外にはないぞ」

「うるさいピン! お前になくても、僕にはつくってもらったっていう義理が、カンドゥさん

にあるんだピン。ってなわけだから、お前も手伝えピン」

「ちょ、ちょっと待て。そんな理由で手伝えるわけがねぇだろうが。手伝ってもらいたかった

ら、俺様を倒してからにしろ」

「そうか。そこまで言うのならそうしてやるピン。お前も縫いぐるみだからそれなりに強いん

だろうけど……。本気でやってやるピン! おとなしく始末されろ!」

 ピンは調子に乗っているミドに襲いかかった。ミドは笑っている。余裕のようだ。

「何 」

 ピンは少し恐れたが、後戻りはできないので突っ込んだ。

 ドグォ 

「……ん? 倒したのか、ピン?」

 ミドはピンの一撃で、気絶しかけている。ピンは、ミドのあまりの弱さに驚いてポカンとし

ていた。

(あれえ? 僕と同じ縫いぐるみなのに、なんでこんなに弱いんだピン?)

「ぐはぁ。や、やるなあ、ピンよ。俺をここまで追い詰めたのは、お前が初めて……ぐぉ」

「何、わけの分からないこと言ってんだピン! こんのザァコ」

 ピンは倒れているミドへと跳んで、足で踏み付けた。ミドは死にかけた状態だ。

 ピンは怪しげな笑みを見せる。カンドゥは熱さでまいっていた。

「ま、こういうことだピン。おとなしく手伝えピン! まあ、弱いお前が来ても、あまり力に

はならないと思うけど」

「ぐっ! 仕方ない。やってやるよ。いたたた……。っんとにマジでやってくるからな。ちく

しょう……」

 ミドは目を瞑って言う。ピンは少し調子に乗っている。

「で、ふたつ目はなんだピン?」

「そうだ。その語尾の『ピン』って、お前の名前だろ? あほらしくない?」

「うっせーピン! カンドゥさんが気に入ってくれたんだピン! 馬鹿にするとは許せんピン

! ぶち殺してやる」

「わっ、待ってくれ。分かった……。俺も真似すりゃいいんだろ?」

「……まあ、そういうことだピン」

 カンドゥはふたりの会話を聞いて、熱さを紛らわした。

(ったく、なんの話をしているのやら。語尾なんてどうでもいいのにね。まあ、ピンの『~ピ

ン』はけっこう気に入ってるけど。……しかし熱いな。早く戻りたいんだが)

 ミドはそんなカンドゥを気にせず考えた。

「ってことは、俺はミドだから、『~ミド』って言えばいいんだな?」

「おうピン!」

「分かったミド。これからはそうするミド。……なんかさあ、『~ピン』と違ってしっくりこ

ないんだよな。……『ド』は抜かした方がいいかも。よし、『ミ』だけにするミ~! お、い

いね。どうだいミ?」

「もう、なんでもいいピン。それでいけば? でも手伝えピン」

「分かってるミ! 本当にいいミ~」

「………」

 ピンは呆れて見ながら聞き流した。で、カンドゥの方を向いて言う。

「ミドもこれで仲間だピン! よかったピーン、ねぇカンドゥさん」

「どうでもいいから、早くここ、出ない? よく熱くないな」

 カンドゥは顔を真っ赤にして言った。ぐだぐだになって地上の方へゆっくりと向かう。

「待ってくれピーン」

「待ってくれミー! 本当、最高! 『ミ』って♪」

「………」

 ピンとミドは、カンドゥの後についた。

 焼却炉の火が、なぜか弱まってきている、年中使われているこの焼却炉は、そんなことは起

こらないはずなのだが。

 ……おそらくあの液体が影響を及ぼしたのだろう。だが三人は、……まぁ、ふたりは『人』

ではないのだが、とにかくそんなことはどうでもよかった。

「げ、やばい!」

「何がピン?」

「やばい、ってなわけでもないんだけど。最近、ファルに会ってなかった。早く行った方がい

いな。あいつ、心配症だし」

「ファルって、誰ピン?」

「いや、……誰って聞かれてもな。まあ、仕事仲間ってヤツだよ」

「ふーん」

 カンドゥはあまり仲間との関係が良好で……とは言えないが、そういうことについて考える

のが、一種の趣味であった。思い出しているうちに、異様な表情になっていく。ピンは気持ち

悪くなりながらも見ていた。

「……んで、なんの仕事なんだピン?」

 カンドゥは正気に戻って、ピンたちの方に向き直った。顔中汗だくである。

「その前に上に戻ろう。死にそうなんだ。よくこの熱さに耐えられるな。本当は用がすんだら

すぐに戻るのが、ここの規則なんだぞ。それからファルにも伝えたいしな」

 ミドはカンドゥの言葉を聞いていて、また疑問が沸いた。

「おい、ピン! 俺って、なんでこんなところにいるんだミ?」

「さあ。僕はカンドゥさんにつくってもらったらしいんだけど、それ以外は知らないな。気が

ついたら、ここにいたんだピン。詳しいことは後で聞くピン」

 ミドはいまいち納得がいかずに、ぶつぶつ言っている。ピンはカンドゥの足元に走った。

(なんなんだミ? なんで、俺って俺なんだミ? 気が付いたら勝手にこんな展開になっちま

ったけど、いきなりすぎて全く何がなんだか分からねーミ)

 床に音を響かせ、跳ぶ。とにかく全てが気に入らなくなったようだ。

「ミド、何やってんだ! 来ないとまたぶっつぶすピン!」

「わ、分かってるミ!」

 だが、まだしつこくミドは文句を言っている。ピンたちは少し待ったが、遅さに切れた。

「ったく、この熱いのに。先に行くから、ついてこいよ」

 カンドゥは叫んで上への階段を上りはじめた。

 グツグツ

 ミドは焼却炉から離れたところにいた。離れたとはいっても、並の人間ならばけっこう暑苦

しい。そこで立ち尽くしている。

(……??? ……? よく考えたら、なんであんな奴らの言うことなんてきかなきゃなんね

ーんだミ? あの猫、まぐれで勝っただけなのにいい気になりやがって、許せんミ! でもま

あ、あの男は俺の名前を親切に教えてくれて……いや、かってにつけたのかもしんねーミ。で

も、とりあえず、『ミド』と『~ミ』だけは覚えといても損はないからな、それはいいとして。
でも、なんか変だミ。うまく歩けねーし。形が悪い気がしてならねーミ。なんかものたりねー

ミ。もしかして、奴らのせいなのか? あー、もう、そんなことはどうでもいいミ。これから

どーしよっかミ)

 ミドはそんなことを考えながら歩きまわった。焼却炉の前に戻り、はじめて気が付いたとこ

ろ  縫いぐるみ製作最終作業場のドアの前まで来たいた。

(うむむ。やっぱりあの人間に従うしかねーのかミ? ……ん?)

 ミドはドアの下にちょっとしたものを発見した。

「なんだミ、これは……?」

 部屋のドアを少し出た辺りに、怪しげな液体。さらにいまだに残っている死体。ともにミド

の好奇心をそそるものだ。

 ミドはジロジロと周りを見ながら歩きまわっていた。

「むむむ……、この液は、俺についているのと同じだミ。俺は知ってるミ。この液で俺が生ま

れたんだろ? それと、こっちのはなんだミ? 肉かミ? なんか、赤い粘った液体だけど、

気持ち悪いミ……」

 おもしろがっていたが気持ち悪さに死体を蹴飛ばした。蹴って、だが肉とはべつに、血には

興味があり、目を向けさせられた。

「この液はおもしれーミ。なんかちょっと変な感じがして。黄色いのとこれを混ぜたら、どう

なるのかミ? とりあえずやってみるミ!」

 ミドは黄色い液体を部屋から遠ざける、というか死体に向けて流した。部屋から焼却炉に向

かってはやや傾いてるので、混じるのに適している。

 ただ、液を垂らして待つだけでは厳しいものがあるので、何かものを使って押し流せば、意

外と簡単だった。……次第に混ざる。

 ジュー

 蒸発しているのだろうか、煙が発生している。ジッと見つめているミドには、そんなふうに

見えた。

「うわぉう。おっもしれーミ! もっとしっかり混ざれミ!」



「それにしても遅いな、ミドのヤツ。何してんだろ」

 カンドゥは、やや斜め上を見ながら独白した。仲間の心配というよりは、自分の目的につい

ての不安感を抱いている、といった感じである。

「ひとりでも多いと、かなり助かると思うんだけど。まあ、あいつはどうか分からないけど」

 ピンに話しかけているつもりなのだが、ピンにはあまり興味がないせいか、周りの人達に注

目している。

 特に目だったものなどはないが、ピンにとっては、はじめて見るものが多すぎた。

 そんなピンは、あまり、働くカンドゥの手伝いには向いていなかった。

「カンドゥさん、僕達がやってることって、他の人達と比べて、情けないような気がするんだ

けど。ただ、布を切って向こうの人に渡すだけなんて」

「んなこと言わないでくれ。命令なんだから仕方ないだ。それに、うちの作業は地味だけど、

……その言葉どおり地味なんだ。けど、重要だよ。疲れるしな。まあ、もう少しの辛抱だよ。

機会があったら、こんな仕事もやらなくて済むようになるんだからな。っちゅうことだ」

「……うん」

 ピンは言われるままにした。近くにある大きな段ボール箱に同様の布がたくさんある。その

ほとんどが埃塗れである。

 布を手に取った。

「ところで、工場を潰すって、具体的にどうするんだピン? そろそろ教えてほしいピン」

「ああ。他の奴らには言うなよ。この工場の人間どもを全員ぶっころすんだよ、グッチョグチ

ョにな」

「えぇ  こ、こ、殺すてかき  」

「声がでかいって! 静かにしてくれ」

 近くにいた従業員たちがこちらを見た。ピンの声が大きすぎたようだ。しかもピンク色の猫

がいたので、そっちも併せて驚いた。どちらかというと、声よりもピンの方を見入る者の方が

多かったが。

 少し間をおいたら、再び作業にとりかかった。ピンが、本物の猫でないことは、距離があっ

て分からなかったようだ。ふたりはホッとした。

「危ない危ない……。バレたら、拷問だったところだ」

「……ごめんピン」

 皮肉気に言うカンドゥだったが、それはそれで嬉しかったのかもしれない。彼には、話し合

う仲間がいない。

「けどさ、殺すっていうのは、嘘だよ」

「なぁんだピン」

 ピンはがっかりした。実はけっこう期待していた。

「嘘っていうのは、全員っていうことだけどな。隊長のような奴らは、やむなく殺すけど。気

が合いそうな奴は生かす」

「……けっこうひどいピン」

「まあな。でも下っ端の奴らは、みんな、僕と同じ考えのはずなんだ。たぶん、殺すことには

ならないと思う」

「ふーん」

 ピンはあまり動揺しない感じであったが、溜め息をついた。

 カンドゥは続ける。

「それから、僕達は、自由で新しいU・U・U工場を建てるんだ」

 ピンは目を丸くして聞いた。なんだそれ、といった感じの眼差しである。

「この工場の名前だよ。なんでU・U・Uなのかは分かんないけど。なんか略してんのかな。

まあ、そんなことはどうでもいいけど。ってなわけで、工場を立て直す……ってことだ」

「……でもさ、べつにそんなことしなくてもこのままでいいと思うんだけどピン。なんで立て

直すんだピン?」

 カンドゥは突如深刻な表情になった。思い出すように話そうとするカンドゥ。ピンも真面目

になって聞いた。

「この工場って、悪人が集まるところなんだ。簡単に言うと、僕もその一人だ」

「え?」

「って言っても、たいしたことしてないんだけどな。教えてほしいか?」

「ほしいピン」

「実はな、昔、路上で二十歳前後と思われるカッコイイ男が歩いてたんだ。なんだか知らない

けど、なんか気に入らなかったから、ナイフで突き刺したんだ。そしたらいきなり捕まってさ。
な、たいしたことないだろ?」

「……十分たいしたことだと思うけど」

 ピンは、カンドゥに対するいいイメージが崩れたことを実感した。

 カンドゥは分からずに、手を顎に当てている。

「とまあ、そういうことでさ、そういう工場なんだ。だからしごかれるだろ? でも、それが

凄いんだ。並じゃないんだよ。言葉に表せないくらい。ピンも拷問受けただろ? あれが毎日

ってくらいだよ。だから、絶対ぶっつぶすって、前から決めてたんだ。だから、これからが大

変だけど、ピンも手伝ってくれるよな」

「まあ、生みの親だっていうカンドゥさんの頼みなら……」

「ん? なんか不満があるのか?」

「いや、べつにないんだけど」

 ピンは戸惑いながら布を微塵切りにしている。それをカンドゥが右手で阻止しながら注意す

る。

「カンドゥさん」

「ん?」

「そろそろ詳しく教えてほしいピン。あの液のこと……」

「そうだな」

 言って、カンドゥはピンが切り裂いた布をゴミ箱の中に投げ入れた。

「まず君は縫いぐるみだ。初めはただの。今は生命を宿す僕の縫いぐるみ……と思う。僕は工

場に来てから、何年か経つんだけど、いつか忘れたなぁ、確かそんな前じゃなかったと思うけ

ど、二週間くらい前かな、ある者からあの液をもらったんだ」

「ある者……?」

「話すと長くなるから、そいつのことは今度な。で、その液は『キニメチェル』っていうんだ

けど、意味は分からない。古代のなんとかがなんとか……って教えてもらったけど、そんなこ

とはどうでもいいよな。で、その液を縫いぐるみにかけると、命を宿すという……」

「……それで今、僕は生きているってことかピン?」

「……そんなとこだな」

「でも、なんで縫いぐるみの僕にしたんだピン?」

「縫いぐるみじゃなきゃいけなかったし、それに何かこう、見た時にひかれるものがあってね」
「ふーん」

 ピンはある程度理解して、納得したようだった。表面には出さなかったものの、ミドと同様

に頭が混乱していたのだ。そして、まだ疑問はあった。

「じゃあ、ミドも?」

「分からない。ピンについた液が、ミドにも流れていったのかもな」

「なるほど……」

 ピンは内容をほぼのみこんで、再び布を微塵切りにしはじめた。カンドゥがまた、右手で阻

止する。

「ってことさ。工場を潰すのは、ファルにも手伝ってもらうつもりなんだ。やってくれると思

うんだけど……」

「ああ、カンドゥさんの仲間のひとりだったっけピン」

「そう。ハゲで、体格がしっかりしてて、その代わりに、人一倍優しくて、心配症な、いざっ

て時には頼りになる、いい奴なんだ」

「ふーん」

「また『ふーん』か。ピンの口癖だな、こりゃ」

「悪かったなピン」

 ピンには馬鹿にしているようにしか思えなく、眉間に皺を寄せている。カンドゥは思い出す

たびに顔がニヤける。それが彼の癖だ。

 カンドゥほど考えることが異常に好きで、そのたびに気を失って変な顔になる男は、まずい

ないだろう。おもしろくもないのに顔が崩れるのは、よく分からない少しずれた男だ。

 っと、突然真面目な顔で床に座った。

「僕って、人と話すのが苦手で、接待とか、付き合いとかが、いつもうまくいかないんだ。だ

から、自分からそういうのを避けてきたけど、ファルとだけは、一緒にやっていきたいと思っ

てるんだ。僕が、そんなふうに人と付き合いたいなんて思ってるの奴は、そういるもんじゃな

いんだぜ。まあ、ピンは例外だけどさ。だから、ピン、君からもファルを説得してくれ」

「説得って、まだ話してなかったのかピン?」

「まぁね。教える前に、生きた縫いぐるみを見せて、一緒にやろうって言いたかったから」

「分かったピン。そこまで思ってるのなら、やってやるピン! 僕の力を最大限に使ってやる

ピン! 共に頑張ろうピン!」

「おう!」

 ふたりはガッチリと手を握りあった。……というか、ピンの手は小さすぎたので、カンドゥ

がピンの手を掴みとったといった感じだ。

 カンドゥの左腕は、ない。出血が完全に止まってはいるが、ピンにとっては実に痛々しい。

まあ、カンドゥは別段気にしているようではないが。

「今からそのことをファルに伝えようと思うんだ。一緒に来てくれ」

「O・Kピン! でも、ミドはどうするんだピン?」

「さぁな。でもたぶん、後から来てくれるだろ。弱いとはいっても、一応縫いぐるみなんだし」
 ふたりは布切りの作業を中断して、辺りの様子を見渡した。ファルとカンドゥは同じ班なの

で、そう遠くにはいないはずだ。

「……おかしいな。いつもはこの辺にいるはずなんだけど。休憩室かなぁ。あいつ、いつもあ

そこにいるからな」

「じゃあ、行ってみるピン!」

 しばらく辺りを見て、休憩室に向かうカンドゥは、胸を熱くしている。

「おぉ! やる気が沸いてきたぜ! わくわくしてきた」

 ピンはそんなカンドゥを見て、悪い気はしなかった。

(よっぽど工場を潰して新しいのを建てたいんだなピン。頑張ってくれピン!)

 思ってカンドゥについた。

 相変わらずうるさい騒音の中、ふたりはせっせと働く他の従業員たちを見ながら歩く。すご

い人数である。だが、辺りは見渡せる。少し違った世界。歩くふたりを気にしているほど、周

りの従業員たちに暇はない。

 休憩室に入る時間帯は班ごとに決まっており、時間外に一歩でも足を踏み入れると、これも

また拷問の始まり。大体、皆、見向きもせずに、入っても、大抵の場合は分からないので、カ

ンドゥとファルは頻繁に入っていた。他の従業員たちもそうだったが、仕事をやる時はやる。

けじめだけはついている。そうでないと、まずいのだ。見つかったり、作業が遅れているのが

分かると、拷問を受けることになる。当然のことだが、ここはそれがひどすぎる。まあ、そん

な感じで彼らは生きてきた。その中でもカンドゥは、周りの者たちに比べて何倍も罰を受けて

きた。

 自由のなさすぎに、カンドゥの怒りは頂点にきていたのだ。他の従業員たちもそう思ってい

ると耳にした彼は、仲間として、工場を新しくしようと考えているようだ。

 カンドゥには夢がある。こんな苦しい生活を送っていてもおもしろくない。新しい工場を建

て、楽しみながら働く、そんな大きな夢だ。

 今まで耐えてきたが、そろそろそれを決行する時がきたようだ。



「キャッキャッ」

 静かな、暗い通路に、ミドの甲高い声が響く。

 七、八人の死体の血と、その液体とが、完全に混ざるのにはけっこうな時間がかかる。混ざ

るのを喜んでみているミドには、時間なんて関係なかったが。

 ……そして、ついに液体と血が完全に混ざった。

 ドゥゴォーン 

 激しい爆発音が鳴り、辺りの壁が崩れた。四方十メートルくらいの範囲で。

 混ざった液体付近から、大量の、やや黒っぽい煙が出て、途端に満ちた。二、三分ほどで工

場全体に広がるだろう。

「うわぁおう、おっもしれーミ」

 ミドは崩れてくる岩を気にせずにうかれていた。

 ミドの周りを、煙が囲う。そしてその直後、通路全体に光が灯った。どこから出てくるのか

分からないが、少なくとも、電灯かなんかではないようだ。床から光が漏れてくる。

 煙は異様にすごい量だが、ミドは余計に(なぜか)喜んだ。はしゃぐ。

「ミーミー。あんな奴らと一緒に、工場改革だかなんだか知らんがやってるより、こっちの方

が百倍おもしれーミ! なんか、未知に対する願望、って感じで最高だミ!」

 ミドはうかれて、混ざってジュージュー蒸発している、いかにも危なそうな液体を焼却炉に

向けて押し流しはじめた。光の強さが炉に向かう。どうやら、光は液体によるものらしい。

 しばらく流して、焼却炉の一室まで、ミドは胴を床に擦りつけてきた。

「お? あそこに流しこんだら、もっと、とてつもなくおもしろそうな気がするミ! カッカ

ッカ! めっちゃおもしれーミ! なんだか知んねーけど、本当にハマッちまったミ! 笑い

が止まんねーミ!」

 ミドは狂いはじめて、大口を開けながら大きく跳ねている。どんどん体を滑らせて、液を炉

に向けて流す。

 ここの焼却炉は少し特別製で、床からものを焼くような感じで、……要するに、地下への階

段、のような感じに造られているのだ。そのせいで、そのまま流していけば、炉にそのまま流

れることになる。

「流れろミー!」



「おっ! やっぱりここにいたか!」

「え? なんで見えもしないのに分かるんだピン?」

 休憩室のドアのすぐそばまで来た。

 いつもの白い煙であふれてもわもわしている。中の様子を知ることのできる唯一の窓は、扉

とは反対側についているので、ここからでは、中を識別することは不可能のはずなのだが、カ

ンドゥには分かった。

「ファルの葉巻の臭いだよ。あいつのは特別でね。いつも休憩室に置いてあるんだけど、他の

従業員じゃあないと思う。こういうこと言うもんじゃないんだろうけど、あいつのことは僕が

この工場の中で、一番知ってるつもりなんだ」

「ふーん。ファルって人のことは、なんでも知ってるってわけね」

「ああ。それだけが自慢さ」

 カンドゥは本当に自慢げに言い、再び顔を歪ませた。

 カンドゥはピンのことと、工場を新しくするということをファルに伝えたいという気持ちで

いっぱいだった。

(あいつにピンのことを教えたら、めちゃくちゃ驚くだろうな)

 カンドゥはそう思いながらドアを開けた。

「ファ  」

 ドゥゴォーン 

 遠くからものすごい爆発音。併せて灰色っぽい煙が押し寄せてきた。こちらに近づいてくる。
次第に工場全体に広がった。ドアの開いたところから煙が休憩室へと入っていく。辺りは何も

見えない状態だった。

「な、なんなんだ、この煙は  く、苦しいぞ!」

「だ、大丈夫かピン  僕はなんともないんだけど」

 ピンには特に影響はないようだが、カンドゥにはおおげさすぎるってほどに苦しいようだ。

 だが、カンドゥはそんなことよりもファルの方が心配だった。

「ファ……ルを助けん……と。ぐふぁ!」

 カンドゥは血を吐きながらも気にせず、休憩室へと入った。ピンもついていく。重症のよう

だ。

「無理しない方がいいピン  工場からも逃げた方がいいような気がするピン! なんか、本

当にヤバそうだよ! カンドゥさん! 工場を立て直すんだろ、こんなところで  」

「それよりファルが心配なんだ。あいつは、僕に前から話しかけてくれる、唯一の仲間なんだ。
たったひとりの仲間をこんなとこで失って、たまるか!」

「カンドゥさん……」

 奥に進む。中もひどい煙だ。その中にひとり、叫ぶ者がいた。

「助けてくれ」

「ファルか? 待ってろ」

 カンドゥは煙の中に倒れているファルを、屈んでかかえた。

「ウワァオーン、ウワァオーン…………」

 警報が鳴りはじめた。ピンは慌てて、オロオロしている。

「カンドゥさん! 本気でヤバイピン。早くしないと!」

 だが、それを無視するようにカンドゥは叫び続けた。

「おい、ファル! 大丈夫か! ファル、ファル!」

 が、返事はない。ピンはその様子を冷静に判断する。

「カンドゥさん。まだ、その人、生きてるピン! だから、早く出ましょう」

「……うあぁ……くっ」

 カンドゥは苦しまぎれにファルを抱えて、休憩室を出た。

「でもどうやって……。うう、この工場には出口というものがない。……そうだ! ピン、君

はすごいパワーを持ってる。それで壁をぶち壊して、ファルを連れて逃げてくれ! ひとりく

らいなら、君の力で担げるだろう。……そ、それから他の従業員たちも逃がしてくれ……。任

せるよ」

「え? じゃあ、カンドゥさんは?」

「僕も逃げたいけど……。無理のようだ。いいんだよ、ピン。工場のことは君に任せる。ファ

ルに、僕の言ったことを全て、伝えてほしいんだ。たぶん、分かってくれると思う。知り合っ

てから間もない君に、僕がこんなこと頼める義理はないんだけど、頼む! ファルと再建して

くれ」

「な、何言ってんだピン! あんなに工場建てるって、楽しみにしてたのに……」

「いいんだ、ピン。この煙、いつものとは違う。何か嫌な予感がするんだ。おそらく、あの液

によるものだと思う。もしそうだとしたら、……もう手には負えない。……はあ……はあ。そ

の前にこれを……」

 カンドゥは、いまだに光るブレスレットを右腕からうまく外して、ピンに手渡した。

「……これは?」

「何かの役に立つと思う。多分、この工場も……終わりだ。爆発する。早く行ってくれ。頼む

……な」

 意識が薄れて言葉が連続しない。

 ピンはしばらくカンドゥを見ていたが、彼の目に、やむをえず従った。そしてファルを背中

に乗せて走っていく。

(ピン、……悪いな)



 彼には悔いはなかった。ピンが絶対に夢を成し遂げてくれると信じていたから……。



 焼却炉、また叫ぶ者がいる。

「ミーミー! なーがれーろミー! 流れろミー! ケヘッ」

 緑色の縫いぐるみ、ミドだ。

 チリチリ

 ミドは液を炉に流し込んだ。

 そして……

 ピリッ 

 触れた 

 ヴァグォァーン 

「ミーーーー 」

「うぉああー!」

 ……カンドゥは死んだ。



     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



 ヒュー

 風が揺れ動く。

「ってなわけで、てめぇがいけねえんだピン! ちったぁ身に染みて分かっただろーが! 思

い出すたびに泣きたくなっちまうんだピン! ピーン!」

 ピンは思い出し泣きした。風がピンの泣き声で余計ざわざわしてきた。

 と同時に、広大な草原が、広々とした雲が、揺れ動く。

「あー、分かったミ。全ては俺があの液を流したのがいけなかったんだろ? 分かった分かっ

た分かりましたよミ」

「くぉんのクソミド! てめー、全っ然反省してねぇな! おめーもカンドゥさんにつくられ

た身だろーが! 少しはいたわれ!」

 ピンは頭にきて、ミドを全体重で潰した。ミドは、無意味な抵抗をする。

「いってぇミ! やめろミ! もう十分復讐しただろ! いいかげん、足をどけてくれミ!」

「待てピン! まだ終わってねーんだピン! あの後が本気で大変だったんだピン! お前も

一応関わってんだからなピン! 話してやるから、もっと身に染みろ 」

 ピンは止めずにミドを踏み潰す。もがくが、相変わらず意味がない。ミドは仕方なく抵抗を

諦めた。

 ……そんな二匹を、風は吹きながら、鑑賞しているのであった。