2017年2月19日日曜日

ミドとピンの工場復興発端物語 2





                       第二章 悪夢の戦乱









     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



 工場爆破時、ピンはなんとかファルを連れて上手く抜け出した。ある程度落ち着いた時点で、
ファルに経緯を話したピンだったが、初めは気まずかった。

 彼はしばらく悔やんで近くにある岩に八つ当たりをして、俯いていた。が、直後、何かを決

心したようにファルはピンの話を詳しく聞いた。

 酷い損害だった。もう再建は厳しい。新しく建てるしかないだろう。ところどころ被害の少

ない箇所があって、まだ幸いだったとはいえ、作業員の九割以上が爆破に巻き込まれ死んでい

ったのだ。これはなんとも言えないだろう。

 全隊長も失い、何日か経ったある夜の日、とりあえず残った者全員が集まって話し合ってい

た。具体的な数を言えば、……およそ八百人。もちろんピンも含む。十人くらいずつ分かれて

地面に座っている。

「……どうする?」

「ど、どうするったってよ」

「……さあ」

「どうしようもねえよな」

「ああ……」

 こんな会話が全体から聞こえてくる。小石やゴミなんかが散らばって、それらが風に乗って

作業員にぶつかって喚く者も少なくない。

「ちくしょう。こんなとこいたくねえよ」

「じゃあ、どこ行きゃいいんだよ」

「そうだよな。周りが全部でっかい海だってのによ。ここは」

「……くそう」

 不安と不満とさまざまな出来事の中、気の狂う者も現れている。

 その中でひとり、冷静さを保っている男が突如立ち上がった。

「みんな 」

 叫んで男は辺りを見渡した。

 だが耳を貸す者などいない。

「ちょっとみんな! 俺の話を聞いてくれ!」

「ああ 」

「ぬぁんだてめぇは 」

「ぶっ殺されてぇのか 」

「くぉら!」

(………)

 その男は辺りの罵声に後ずさった。

 脆弱そうな体つきで、そういうのに慣れていないように思える。他の作業員と変わりのない、
ごく平凡な男だ。眼鏡を掛けている。スポーツ刈りで、年は三十くらいだ。けっこうごつい。

「話だけは聞いてやる」

 聞く耳のある者も幾人かいて、男は少し気が楽になった。

「ええ、あの……。とりあえず私の名前はクラーク・エルトツォーネ。クラークと呼んでくだ

  」

「誰もてめえの名前なんて聞いてねえよ!」

「そのとおりだぁ!」

(………)

 その男  クラークは再び陰気な表情になった。

「すみません。ただ、私が言いたいのは、皆が信頼できるような人をひとりだけ決めて、その

人を昔みたいに『隊長』として新しい工場を建てていく……。もちろん前みたいなつまらない

工場じゃなく、もっと自由で気ままな楽しい工場に  」

「ふざけんな! なぁんでまた工場になるんだよ!」

「でもよ、工場は置いておいたとしても、隊長を決めるのはいいんじゃないのか?」

「まずそのくらいはしといた方が、これからが楽になりそうだしな」

「ああ、俺もそう思う」

 いつの間にか周りの雰囲気がクラークの方へと向けられていた。普通ひとりくらい反抗者が

いてもおかしくないのだが、なぜか誰もいなかった。

 聞いていた者たちは遠くに座っている仲間にそのことを伝えていった。

 ピンたちを見る従業員の目は、別段驚きを見せない。ただ普通の猫と思っているのか、それ

ともそんなことを気にしている暇がないのか、どちらにせよ今の彼らにはそんなことはどうで

もよかった。

「んで、どうすんだよ」

 クラークのそばにいた男が聞いた。

 すでに遠くにいる者たちも全員集まっていた。

「みなさん。話を聞いたと思います。指導者を決めたいと思うんですけど、誰か自分がなって

皆を仕切っていこうと思う方はいませんか?」

「おい……どうする?」

「やってみれば?」

「お前がやれよ」

 とかなんとか嫌気のさす話が聞こえなくもなかったが、けっこうな希望者で一割を超えた。

 ファルは、ピンに声を上げている。

「ピン! 君はカンドゥのために新たな工場を建てるんだろ? ちょうど奴が恨んでた隊長ど

もも死んだことだし、今がチャンスだぜ。俺もやってみたいけど、カンドゥが頼んだのはピン

だからな。君がやった方が様に合うと思うんだ」

 ファルはなんとしてもピンにやってもらいたいようだ。顔に現れている。ピンは少し迷った。
(でもなあ。どうせ僕なんかはただの猫の縫いぐるみだし。無理だピン……。でも、でもなあ

……)

 顔のやや上を手でかきながら考え込んでいる。

 クラークが集団から抜け出した。彼も一応希望者の中のひとりのようだ。

「ではみなさん。希望者の方だけこちらに集まってください。その他の方はそのままで」

 ざわざわと彼の方へと従業員が動いていく。

 しばらく移動する音が響いていたが、次第に消えた。

 ピンは行こうか行くまいか、本当に迷った。

(……むむ)

「決めたピン! 任しとけピン! 僕が隊長になって必ずカンドゥさんの夢を実現させてやる

ピン!」

「  その意気だぜ、ピン! 行ってこい! でも、ピンって縫いぐるみだよな」

「そうだ、……と思うピン。でもなんで?」

「いや、ただ人間の言葉がいやにうまいなって思ってさ」

「んなこたどーでもいいピン。行ってくるピン」

「そだな。絶対なってこい」

「おーピン!」

 ピンは暗い森の中へと入っていった。

 ファルたち、希望しなかった者たちのいる所は何もないといっていいほどの所だ。少しゴミ

関係のものがあるが、とにかくそこは夜なので暗い。ってのは当たり前だが、何か異様に暗い

のだ。森の中はさらに暗い。

 一応、全員ローソクに火を灯しているが、あまり前は見えていない。……そんな状態である。
 ピンが行った時には、既に百五十人くらいいて、いろいろともめていた。

「お前にゃ、無理! 俺に任せておいた方が身のためだぜ!」

「うるせえ! ここは俺しかいねえだろ!」

「なに言ってやがんだ! ここは俺だよ!」

 ほとんどがそんな感じで、一歩も相手に譲らない。クラークはひとり、真ん中で冷静になっ

ていたが叫んだ。

「ちょっと、静かにしてください! そんなことでいいと思ってんですか  信頼ですよ、し・
ん・ら・い!」

 その言葉に、周りの男たちは以外にも素直で、すぐに落ち着いていった。風の音だけが鳴り

響くようになった。

 風が吹くのに木々の揺れる音がないのが、また不思議にピンは思えた。

「よーし。それでいいんです! でもぉ、どうしよっかなぁ。『くじ』にしようと思っちゃっ

たりしたりして。でも、それじゃあ運だから、これからが不安だし……。う~ん」

 彼は自分で言い出したとは言え、結局何も考えていなかったのである。

(ここでなんとかしないと、な。こいつらに殺されるかも分からない)

 少し焦り気味で、そわそわとしている。

 っと、

「おい! んーと、確かおめえ、クラークだったっけか」

 やたらでかい、多少危なそうな男が前に出た。

 クラークが答える。

「はい。そうですけど」

「おめえさ、言うだけ言っといて、何も考えてなかったんじゃねーだろーな!」

 ……と同時に大男につく者もでてきた。

 クラークは押され気味である。ピンはどうすればいいか分からなく、そいつらを見ていたの

だが、とにかく何か口にしようと思い、叫んでみた。

「僕も隊長、やりたいんだけど……」

「ん?」

 その大きな声で、百五十人の者が振り向く。

「どっから聞こえてきたんだ?」

「さあ……」

「どこだろ?」

 皆、気付いていないようだ。

 ピンの大きさは、人の足元にも及ばないので、普通気付かないであろう。

「こ・こ・だ・ピン!」

 多少怒りを込めて言ったので、全員がそちらに注目する。

 ……つまりピンク色の猫を。

「お、おい! マジかよ! 猫が喋りやがった」

「げっ!」

「気持ち悪りい!」

 全員後ずさってそわそわしている。その仕草にピンは無性に頭に来て、尻尾を激しく地に叩

きつけた。

「んなこたどーでもいーんだピン! それよりも僕もなりたいって言ってんだピン!」

「……まあ、確かに猫が喋るのがおかしいと言うのは、……間違いかもしんねえけど、でも、

人間の言葉をもろ、なあ?」

「ああ」

 クラークは迷った。他の男たちも気味悪く思い、相手にしない。

「うっせーピン! なんで猫が言葉を使っちゃいけねーんだピン! ふざけんじゃねーピン!

猫をなめんじゃねーぞ! しまいにゃぶっ殺したろかこら!」

 ピンは腹が立って、頭が何も考えられない状態に陥った。そのままふいをついてクラークに

正面から飛び掛かる。

「ぐあああ!」

 いきなりのことだったのでクラークは避ける術もなく左腕を強烈なまでに爪で引き裂かれた。
 その瞬間、ピンは我に返った。

(  しまった! 昔、こんなことがあったような気がするピン……。ふう、危うく殺すとこ

ろだったピン)

 そのまま飛び掛かると、同じ速度でクラークの体を足で強く跳んで地に下りる。

 その様子をじっと見つめながらクラークは切り裂かれた左腕を押さえ、息を乱している。

 周りの男たちは驚きと恐怖のあまり、その場を少し離れる。

「ふぅ……。危ねえ猫だな。すまない。もうそんなことは言わないよ。べつにあんたが猫だか

らって、何もしなけしゃ害があるわけでもねえしな。……というわけで、皆さんも分かってや

ってください。じゃないと危険です。ふう……いてて」

 クラークは意味もなく夜空を見上げた。ただなんとなく。

(くぉんのくそ猫! 大事な左腕をこんなにも酷い姿にしやがって! しかもめちゃくちゃに

いてえ! 骨までいったかもしんねえ。……この借り、ぜってー返してやるぜ!)

 周囲の男たちも仕方なく同意した。

「そーだな」

「ああ。べつに猫だからなんだってんだ」

「変わりはねーもんな」

 まだあやふやな箇所はあったが、男たちはとりあえずピンも候補に入れた。

 森の中では……、ローソクの火など、正直なところあまり意味をなさない。周囲が見えない

のだ。が、そこをなんとかたき火も併用して凌いでいる。虫がうるさく飛んでいるので、とて

もいい気分にはなれない。

 他の人間達はほとんどが地面に横になり、疲れ果てて眠っている。森の外の方が、なぜか虫

が多量にいて、嫌がるのが普通ではあるが、この際仕方がなかった。

 ファルはピンが戻るのを、寝るのを我慢して待っている。

「……くそぉ。どうすりゃいいんだよ。分かんねえ」

「だから、多数決とってそれで終わりゃいいじゃねえか」

「んな面倒くせえことやってられっか」

「じゃあどうすんだよ、ってさっきから聞いてんじゃねーか!」

「うっせーよ! 同じ会話何十回も繰り返してんじゃねー!」

 ごちゃごちゃした統一心のなさに、ピンは呆れていた。もともと班がばらばらだったので、

合う者がでてくる可能性も多くはないのだが、この話し合いでどうにかならないかとピンは考

えていた。

(ったく。なんなんだ、こいつらは! 本当にやってけるんだろうかピン)

 ピンはカンドゥの言ったことを思い出した。

 とりあえずここをなんとかしないと、これから先が思いやられる。

 ピンはピンなりに方法を考え、考え考え尽くした。

 ファルはとうとう横になってしまった。頭を手で支え、そこら辺のおやじが寝っころがって

TVでも見るような格好だ。彼はまだ工場での煙による調子の悪さが、顔に現れていた。

 ピンは、もうどうすればいいのか分からなくなり、ファルに聞きに戻った。

「ねえ、ファルさん。どーすりゃいいか教えてくれピン」

「………」

 彼は既に眠っていた。疲れ果てているのがピンにはすぐに分かる。

 やむなくピンは時を待った。男たちが騒いでいるのがここでもよく聞こえた。

 全員といっていいほどの人間が寝ている。ここは本当に静かだ。その静けさを壊したのが、

隊長希望者たちである。ほんっとうるさく騒いでいる。とはいっても楽しんでいるわけではな

く、いざこざによるものだが。

「あんだと  てめえ、俺のやり方が気にくわねえってのか?」

「あったりめーだろ! そんなもん誰も賛成しねえのが、まだわかんねえのか! もすこし頭

使えよ、このクズ!」

 体格に恵まれた男。彼はもうひとりの相手の言動に限界を越えた怒りを覚え、……その相手

の襟首を掴んだ。相手は極普通の背丈で、なにからなにまで平凡な男。その男は抵抗しようと

するが、大男には及ばない。

「殺されてえのか、ああ 」

 大男は右手で思い切り相手の顔面を殴りつけた。

 ガゴッ

 数メートル吹っ飛んだ!

 鼻から血が出ている。が、あまりこたえた様子はなく、逆に火を付けた。

「な、何しやがんだてめえ! でけーからって調子に乗ってんじゃねーぞ! ぶっ殺す。覚悟

しやがれ!」

 立ち上がって大男に後ろ回し蹴りをくらわせる。が、それを左でガードすると、大男は右手

で裏拳 

 再び吹っ飛ぶ!

「あめーよ、クソガキ!」

 静かな夜に雑音。周りの者たちはどうしようかとわなわなして、ざわめいている。止める者

はいない。

 クラークは少し離れた所で頭を抱えている。

 ……正直臆病者である。

「うるせーぞ、著者! 殺すぞ!」

 とかなんとか言っておきながら逃げている。やっぱり雑魚だ。

 そんな中で、ピンだけがファルの所にいた。ピンはファルを起こそうとしているのだ。

「ファルさん! ファルさん! 起きてくれピン。けんかピン。やっばいピン」

「んん……。なんだ?」

 彼は眠そうだったが無理に起きた。声が聞こえる。その声の方、つまり森の中の男たちが争

っているのを見て、いきなり立ち上がり、叫び出した。

「げっ、けんかかよ! 俺、そういう関係のは苦手なんだよな」

 そして続けた。

「頼む。すまねえが、ピン。お前がなんとかしてくれねえか? わりいな」

 彼は蹴る殴るといった類いのものが嫌いで、さらに離れたところに行って木の木陰からちら

ちらりと見ていた。

 さっきのファルの叫びで寝ていた一部の者たちが起きた。

「なんだなんだ?」

「ふああ……」

 でも結局そのまま寝た。

 だんだんと争いはエスカレートしていく。

「ぶっ殺してやる!」

 大男に向かって、平凡男は懐から銃を取り出して構えた。

 さすがにそういうのに慣れていないようで大男は戸惑った。

「お、おう、ちょっと待て! それはやめような。あぶねーぜ!」

 周りの男たちはいまだにおどおどしている。

「どうしよう」

「俺に聞くなって」

「でもまじでやりそうだぜ」

 誰も止めようとしない。

 ピンが走ってきて、そいつらに向かった。

「何やってんだピン! 止めろよ。ったくこのクズどもは! 僕っきゃねーのかピン。……っ

たくもー」

 ピンは叫びながら銃を持った男に飛び掛かった。

 バウン!

「うっ」

 ピンを弾丸が貫いた。

 が、気にせずにピンは銃をたたき落とし、腕を裂いた。

「うぎゃあ! すまねー! もうやめてくれ!」

「それでよし!」

 ピンは満足してその場から離れた。

 ちょうど胴の真ん中に穴があいたが、べつに痛くもないし、すぐに治癒されるのでどうとも

なかった。周りの男たちが再び騒ぎ出す。

「すげえな、あの猫! さっきもそうだったけど」

「勇気あるよな!」

「しかも銃向けられてたんだぜ!」

 またざわざわとなってくる。そこにさっき銃を持っていた男が来た。

「……いてて。だが、すまなかった。撃たれたのに大丈夫なのか? お前……」

「へへ。どってことないピン。気にしなくてもいいピン。それよりもあんなことすんなピン!」
「分かったよ。でもお前の爪はめちゃくちゃ痛えな」

「もち」

 ピンは少し得意げになっている。周囲の者たちはピンのことで話題が一杯である。

 そこに今度は大男が前に出てきた。

 ピンはなんだと思いながら見た。

「助かったぜ。サンキュー、ピンクのチビ猫よ。おかげで命拾いしたぜ」

 大男は近くにあった大石に座り、額に流れ出る汗を手でふき取った。

 寝ている男たちも次々に起きてきて皆、集まってきた。

 ファルもとりあえず安心してピンのところへ戻った。

「しかし、ピン。お前って凄いんだな。初めて知ったよ」

「へへ」

 ピンは気分が良くなって尾をピンと立てている。

 大男はピンの近くに寄って、ここにいる全員の者たちに大声で言った。

「なあ、みんな。この猫を俺たちの新しい指導者にしたいと思うんだ! なんかうまくやって

けそうな気がする。今のが一例だ。強いし、こりゃいけると思うぜ!」

「そうだ! 俺もそう思ってたんだ!」

「O・Kじゃん!」

 賛成者が増える。ピンにはさらに喜びの笑みが浮かんでいた。

「やったピン!」

「やったな」

 ファルもともに喜んだ。

「じゃあ、みんな。このチビ猫が今から俺たちの指導者だ。不満のある奴はいるか? いるな

ら出てこい!」

 静かになった。反対者は誰もいないみたいだ。

「よーし。じゃあ、今からこのチビ猫が俺達の新しい指  」

「ちょっと待てぃ! はあ……はあ」

「ん? お前は確かクラークだったっけか。なんで息切れしてんだ?」

「ふふふ。それは極秘事項だ」

 実はこのクラーク、さっきの喧嘩の時、森の奥に逃げ込んでそのまま迷い込んでしまったの

だ。んでもって今、急いで戻ってきてこの有り様。

 自分から勝手に逃げておいて……。全く本当にこれ以上、上がいないと言えるほど馬鹿な男

である。

「やかましい、著者! んなこたどーでもいいだろうが! 少しは黙っとれ!」

「なんだ、そういうことか。本当、あほだな、お前」

「ハハハハ」

 周囲の男たちはクラークを囲んで笑い出した。

「っちくしょう! っとまあそれはそれで置いておいて。本当にこの猫でいいのか? さっき

のはたまたまだろ? 本当にいきなり決めちまっていいのか?」

 クラークはさっきのも含めてかなりの不満があるらしく……おそらく初めの左手を裂かれた

ところからか、顔を真っ赤にして大男の目の前に立ち塞がる。

「なんでだよ。お前も見ただろ? あんなの運とかでやれるようなもんじゃねーぞ」

「そうだよ」

「そのとおり」

「おー!」

 周りから大男に反対する声はなかったが、クラークはそれでもやめなかった。

「じゃあ、もう一回聞いてみれば分かる。みんな、本当にこの猫でいいのか?」

 ざわざわしてきた。

 クラークには妙な自信があり、笑みが残っている。

「なんか妙な展開だな」

 ファルには、さっきの喜び笑みが失せていて、少し不安な様子であった。ピンも少し焦って

いたが、すぐに元の顔に戻った。

「大丈夫ピン。それにたいしたことしてないのにこんなに早く指導者になれるなんて思ってな

かったから、べつに構わないピン。でも、最終的にはなりたいけど」

 風がやみはじめた。従業員全員がその場にまとまったようであった。そこでクラークが自信

に満ちあふれた声で言った。

「ではみなさん。ここではっきりしましょ。ピンという単なる猫ごときがここで指導者になっ

ていいのでしょうか。こんなくそ猫が! こんなむかつくクソ猫が! 本当にこんなクソ猫が

! マジでこんなクソ猫が本当に  」

 バキッ

「しつけーよ! 余計なことは言わんでもいい」

「じゃ、じゃあ真面目に。ピンが我々の指導者でいいかどうかを決めたいと思います。ピンが

相応しいと思う方はピン側に。反対の者は、私の方に移動をお願いします」

 ざわざわと移動が始まる。

「なれるかなピン」

 ピンはやはり相当なりたかったようである。

 次第に移動が終わる。ピン側についた大男が叫んだ。

「ちと待ちやがれ! なんでおめーらの方が圧倒的に多いんだよ 」

 ピン側についてたのは、ちょうど隊長希望者たちだけであった。それ以上でも以下でもない。
ただしクラークを除いては。希望しなかった者たちの全員がクラーク側についている。

(くやしいピン!)

 ピンはけっこう悔しがっていた。ファルもピンと同様だ。

「っと、まあこんなもんでしょ。大男、ピンとやらが指導者となる権利はない。分かったか!

カッカッカ!」

 クラークの見下した言葉遣いに大男は頭にきていた。目も口も鼻も手も……、体のあらゆる

部分がピンたちを見下し、勝ち誇った面になっている。

 っと、クラークの周囲の男たちの中から、かすかだが少々声が大男には聞こえた。

「起きたらよ、いきなりあの小せぇ猫が指導者だって周りの奴らが叫んでるから仕方なく合わ

せてたけどよ……。いくらなんでも猫ってわけにゃいかねーよな」

「だよな。勝手に決めんなよな。これからの人生が決まるって言っても過言じゃねーんだから

な」

(そーか。あの時、他のやつら、そういえば全員寝てたりしてたから見てなかったのか。……

むむ。もしあの時居合わせてたら、絶対ピンになってたはずなんだが。あのクラークの野郎、

余計なこと言いやがって!)

 大男は俯いていた。そんな彼を見て、ピンはとりあえず上を見上げた。真っ暗だ。

「べつに僕のために悩まなくてもいいピン。ちょっと困るピン」

「いや、そういうわけにはいかないぜ! なんせあんたは俺の命の恩人だからな」

「そんなおおげさな……」

 ピンは両手であたふたとする。ファルはその場にいたが、何もすることがなくただ見ていた。
周りは少し騒がしい。

「……けど、まあ君の場合は、僕が助けたってこともあるけど、他のみんなまでなんでそんな

に僕にこだわるんだろピン……」

「チビ猫……あんたには何か引かれるんだ。たぶん、俺もそうだが、他の……こいつらもそう

感じたからだろう」

「そ! この大男の言うとおりなんだ。何か、……何か君にはあるんだ。猫が好きってことも

あるんだけどね」

「もう……いままでなりたかったなんて気が、君を見て失せちまったんだ。そんな感じさ」

「お前のような、強くて正義感の強い奴を反対するあいつらなんて、どうでもいいぜ。お前は

俺たち百五十人の隊長だ! いいだろ、みんな?」

「おーう」

「ああ!」

 ピン側の男たちがピンの周りを囲うように集まる。ちょうど百五十。もちろんファルもこち

ら側だ。

「人望が厚いってのは、いいことだぜ、チビ猫さん!」

「めちゃくちゃうれしーピン!」

(でもなんかできすぎてるよーな気がしてならないピン。この……僕に付いてる黄色い液体の

せいなんだろうかピン……。ま、いいか)

 ピンは喜びを尾の先端の毛を逆立てることによって表した。

 そこの向こう側……ここから約二十メートルくらい離れた木々の下にいる六百ないし七百人

の男たちの一番前に立っている男  クラークが息を大きく吸った。

「ピン側の男ども、よく聞け! 俺達とお前たち、分かれて行動するのもいいが、その人数で

は何かと困るだろう。そこで、だ。勝負をしようと思う。先に相手側の親玉  ようするに

こっちは俺で、お前らはピンだが、それを九死に追いやった方の側の勝ちとする。何をやるに

も自由だ。できるだけ死傷者を出したくないんでなあ……。もちろん降参してもよし。負けた

側は勝った側に忠実に従う。それがルールだ。やってみる気はないか?」

 今までそのことについて、ピンたちが盛り上がっている時に、話し合っていたらしい。

「やめた方がいいですよ。勝てるわけがない」

「……でも、百五十人じゃろくなことができない」

「そのとおりなんだピン。でも、もし勝てばやってのけるのは確かなんだピン」

 しばらく迷っていたピンたちであったが、ファルが突如言い出した。

「やろうぜ、みんな! 何かしないと事は始まらねえ! 負けるだろうけど、勝てるかもしれ

ない。どっちにしろやってみなけりゃ分からないよ」

「そーだな。みんな、奴らを負かしてやろうぜ! 人数では圧倒的に不利だが、頭を使えばい

けるかもしれない」

「そうだな」

「でも、命を粗末にするもんじゃないぜ!」

「やってみなきゃ分かんねえって」

 そんな感じで話は二時間進む。

 向こう側は気が立ってきた。

「おい! 長すぎるぞ! やるのかやんねえのかだけだろうが! 早くしねえか!」

「おっせえぞ!」

「ぎゃーー!」

 やっとピンたちがまとまった。

「決まりだピン。おーい、クラーク! 受けてたってやるピン! 言っとくけど、遊びじゃね

ーピン! マジでやるからざけてっと死ぬピン! 覚悟しやがれ! オッケー?」

「いいだろう。こちらもそのつもりだ」

(なんとかして負かして仲間にしてやるピン。もしなんなくてもべつに構わないけど、とりあ

えず負かす!)

 気合を入れて顔をパンパンと叩く。百五十人の仲間に言い聞かす。

「ではさっそく。みんながそこまで僕にこだわるというのは、……つまりはあいつらに敵対し

ていることになるピン。従ってやつらは、多分殺す気でかかってくる。こちらもそれ相応の対

処をしなければ、全滅するかも分からないピン。一番の目的は、あのクラーク。みんなも顔は

分かってるよねピン。それを狙うということ。そこんところをよく分かっておいてほしいピン。
もちろん自分の身を守るということも忘れずに。じゃあ、みんな。勝って豊かになるんだピン

!」

「おーー!」

 すでに団結していた。

「おい、ピン! 時刻は明日の、ああ、もう今、夜中の三時か、……つうことで今日の昼、正

午ちょうどに開始だ。それまでにせいぜい準備しとけよ。カッカッカ! もう勝負は見えてる

けどな」

 クラークは最初に姿を皆の前に現した時に比べて、相当本性を現している。よくいるんだな、
こういうの。初めは猫かぶってて後から本性出して裏切ったりする卑劣な奴。本当、頭にくる

最低な奴の見本だわ、こりゃ。

「うっせーぞ、著者  黙っとれ!」

 彼らは工場の跡地へと歩いていった。

「なんでわざわざ戻るんだピン? 何もないのにピン……」

「まだ残ってるんですよ。作業道具が……。少しだけだけど、武器になるようなものや食糧な

んかが。俺たちも取りにいった方が……。でもまさかこんなことになろうとは」

「……仕方ないピン。でもとりあえずそれらを取りに行こうピン。けど、もとは一緒に働いて

た仲間なのに、いきなりこんな方向になっていいのかピン?」

 全員顔を見合わせた。

 ファルはなぜ見合わせているのか分からずにただ見ていた。ちなみにファルは後ろの方にい

る。

「ははは  ぜんっぜん構いません。あいつらは前々から気に食わないやつらばかりですんで」
「そーいうことっす。偶然かもしれませんが、あいつらはみんな僕達と仲の悪いやつらだから。
とにかく気にせずいきましょう」

「やってやるぜ」

 皆やる気で、ピンは内心安堵していた。もしひとりでも向こうの人達とやりあいたくない人

がいたら、ピンとしてもやりづらかったからだ。

 これはいけると思い、ピンの希望もだんだんと成功への道が開けてきた。だが、勢力を考え

ると、戸惑うところもある。

 とりあえず、ピンたちも工場の跡地へと向かった。今まで話していたところは何かの廃墟で

あった。周りは森に囲まれている何もない所。

 そこから工場の跡地はけっこうな距離がある。道とは言えないような土の道でつながってい

る。

 そんな廃墟には何か化け物が現れそうな感じが漂っている。風が、ビューッとそんな感じで。
 とにかく、薄気味悪い所。ピンたちはそこを抜けて工場へと戻る……。

 途中、三列くらいになって順に進む。ピンが先頭に歩く。ファルは最後尾だ。

「これからよろしくお願いします、ピンさん。最善を尽くしますので。ちなみに、僕はアテリ

セって言います」

 工場に武器が残っていると言い出した男が、そうピンに言った。

「俺、フィン」

「シフゥグだ」

「ラニ。よろしく頼む」

「俺はシメケル。やってるぜ」

「俺は……」

「………」

 次々と仲間の紹介が前に出てくる。ピンは顔と名前を覚えきれなく、頭が混乱してきて、ぶ

っ切れた。

「だああ! もういいピン! 名前は後でいいから、今はとりあえず倒すことを考えるんだピ

ン!」

 前に出て来た作業員たちは元の列に戻った。ピンは頭を抱えながら突如立ち止まって後ろを

振り向いた。後ろの男は多少驚いたが、ピンがしばらく止まったままなので、何かと思い顔を

上げた。

「どうしたんですか?」

 ピンは止まったままだ。後ろにいる男たちは驚いて前を見ている。

「しまったピーン!」

「どわっ!」

 びびり、下がったその後ろの男も少し驚いて、そのまた後ろの男も、そしてそのまた……。

「だからどうしたんですか?」

「え? い、いや、べつにしまったって言ったからってやばいわけじゃないんだけどピン。た

だ……」

「?」

 少し赤面している。もじもじしながら何故か手もみして、後ろにいる男たちに聞こえるくら

いの声で叫んだ。

「んっと、……こ、この部隊の名前を決めたいんだピン  だめかな?」

「へ?」

 作業員たちは、馬鹿にしたような、あきれたような顔をしている。

「べつに顔を赤くするほど恥ずかしがんなくてもいいですよ。なんとなくその気持ち分かりま

すし」

 後ろの男がとっさにフォロー。ピンはとりあえず立ち直る。

「こ、これから、というか正午から始まるのは恐らく戦争に引けをとらないものになるような

感じが、直感でするんだピン。よってこの、今いる百五十人はひとつの部隊となるってことに

したいんだピン。おもしろそうだし。ってことだから、みんなこの部隊の名前を考えてくれピ

ン」

「まっ、いいんじゃないですか? あの、それとピンさん。言いにくいんですが、僕がピンさ

んの後ろに並んだっていうのも何かの縁ですので、僕を『副』に任命してくれません?」

 男は小声で聞いた。ピンは考える間もなく、

「おっけーピン!」

 応えた。男の顔が歪んでくる。喜びを我慢しているのが即、分かる。

「隊長の名により、今から私が副隊長だ。そこんとこよろしく!」

「えー 」

「なんでだよ!」

「……さあ」

 不満の声もあったが、次第にそういった声もなくなり、男は副隊長となった。

「それとピンさん、さっきも言いましたが、『副』ということで改めて。僕の名前はアテリセ

です。今後ともよろしく」

「分かったピーン!」

 男  アテリセはなんとなく気分が上々だった。

「じゃあ、皆さん、とりあえず部隊の名前を考えよう! 思いついた者は前まで出てきてくれ」
「そういうことピン!」

(自分の部隊があるなんて目茶苦茶かっこいーピン! これも全て命を吹き込んでくれたカン

ドゥさんのおかげだピン!)

 ピンは再び空を見上げた。まだ夜中。煙が多くてまともな空は見えない。

 作業員たちはけっこうそういうのが好きな者が多く、以外にも乗り気だ。

「ふむむ……」

「……ん」

 ほぼ全員が考えている。中には話し合っている者もいる。

 ピンはそう思いながらどんな名になるのか、凄い期待を胸に寄せていた。

 考えながら歩いているうちに、工場の爆破後の破片やらが飛び散っている所にたどり着いて

いた。

「ここピン?」

 後ろの男  アテリセに静かに聞いたが、彼はずっと部隊のことを考えていて、聞こえな

かった。

「ここにあんのかピン?」

「え? あ、ああ、もう少し先です」

 彼は気付いて返答し、再び考える。ふと思いついたようにピンに振り向きさせ、

「『P・U』ってのはどうですか? ピンさんの『P』と、U・U・U工場の『U』を取って」
「おお! なかなかいいピン! それでいこうピン」

 ピンは名前よりも武器のことを考えていて、それどころではなく、とりあえず適当に答えた、
といったところである。

 アテリセは振り返り。後ろの男たちに向かって大声で叫んだ。

「みんな! この部隊の名が決定した。名は、『P・U部隊』だ! ピンさんの『P』と、U・
U・Uの『U』で、『P・U』だ! よろしく!」

「O・K!」

「なんだよ! せっかく考えてたのによ」

「しかし、どれもすぐに決まっちまうな。この部隊って」

「でも、よく考えるとかっくいーな!」

「あ、俺もそう思う」

「おう!」

 大体がよかったようだ。ファルも遠くから笑みを浮かべているのがピンには軽く見ることが

できた。

(P・U部隊、そん中で僕は副隊長。なんかいい響きだ!)

 アテリセはピンみたいに赤面し、俯いている。その後ろの男が「なんだ?」といった感じで

彼の顔を覗くが、アテリセは全く気付いていない。

 後ろの男たちは無駄話をしていて、ピンはそれを見てにやけた。

(笑いながら話してるピン。仲のいいことは素晴らしいピン! カンドゥさんも……。一緒に

できればよかったのに……)

 彼らはニヤニヤしながら話す。程度を越していて気味が悪い。ファルも前の男と話している

が、ところどころで悲しい表情を見せるのがピンには分かった。

(どうしたんだピン……)

 ピンは思いながら歩く。

 廃墟からはけっこうな距離。工場から抜け出してきた時も、時間がそれなりにかかったが、

今回は暗闇で歩きにくく、余計に時間がかかるように思える。

「ここピン?」

「そーです。ですが、やつらがいない……。来るとしたらここのはずなんですが……」

「そう言われてみると……」

 ピンの部隊  P・U部隊は最後尾のファルが着くのをまってから、まとまってしばらく

辺りを見回した。確かにアテリセの言うとおり、残り物は幾つかあるが、奴らの姿が見当たら

ない。

(どこ行ったんだピン……。何か企んでいることは確かだピン)

 そんな思いがピンの頭の中を過る。

 次第に明るくなってきた。暗さが弱まってくる。……夜明けだ。

「昼まではまだ時間があるピン。奴ら、何考えてるのか全く分からないピン。十分注意しなが

ら、とりあえずそこら辺の使えるものは全て持ってきてくれピン!」

 周囲の男たちに張りのある声で言った。と同時に彼らのやる気も万全で目をきりっとし、そ

して、

「おー」
            マ ジ
 やる気だ。本気で。男たちはアテリセを中心に急いで拾っている。建物は崩れているので、

いろいろと探しやすい。

 ところどころで壁が残っていて、奥に入っても、その透き間から空気が入り、とても気持ち

いい。気候はナイスだ。

 銃やナイフ、鎖や鉄パイプ、刀や食糧、わけの分からないもの、工場で使うようなものでは

ないものがたくさんある。かなりの収穫を彼らは得た。

 ピンはその場をじっと見た。

(たくさん武器なんかが取れるの十分いいピン。でもアテリセが言うにはあいつらもここに来

てるはずなんだピン。ならなんでこんなに残ってんだピン? 向こうはこっちの何倍も人数が

いるからこんなことがあるはずなんてないピン。何かあるピン)

 深刻な顔つきで考える。ピンはできるだけ争いなんかしたくなかった。ただカンドゥのため

に実行しなわかればならなかった。

 っと、そこにファルがひとりで現れた。

「なあ、ピン! いきなりこんなことになっちまったけど、……大丈夫か?」

 彼はかなり不安だった。ただ一言、指導者になりたいと申し出ただけでこんなことになるな

んて、普通の出来事じゃあない。彼はピンを真面目に見る。

「なんとかなるピン、いや、なんとかするピン。こんなとこでへこたれてたら工場改革どころ

じゃねーピン!」

「よし! そのくらいの気だったら大丈夫だな。俺が心配するまでもねえな」

 彼はピンの強さに安心感を憶え、ピンのそばにあった大きな石の上に座った。

 P・U部隊の隊員が武器や食糧を探して取ってくるのを二人は見ていた。

「なあ、ピン。俺さ、カンドゥが俺を助けるために死んだってお前に聞かされた時から思って

たんだ。……本当に死ぬべきだったのは、俺じゃないかって。奴には本当に悪いことをしたと

思っている。助けてもらっといてのこのこ生きてるようじゃ、あいつになんか悪くて……」

「そんなことないピン。……でもファルさんがそう思うのなら、少しでもカンドゥさんのため

に僕と頑張ってほしいピン。ファルさんまで死んだら、カンドゥさんは余計に悲しむピン」

「ああ。……そうだよな」

 ファルはまた悲しげな表情になった。ピンはどうしようかともじもじしながら、何かフォロ

ーする言葉を考えていた。

 その時、ちょっと思いついた。

「ねえ、ファルさん。 カンドゥさんってどんな人だったんですか?」

「ああ、少なくとも悪い奴じゃあなかったな。なんかわかんねえけど、人と話すのを拒むんだ

よな。まあ、俺は興味があったから、俺からどんどん話しかけてやったけど。そしたら、けっ

こう元気付いてきてさ、もう少しで、他の仲間ともやってけると思ったんだけどな。仕事も結

構しっかりやってたけど、まさか改革を考えていたとはね……。そこまでは俺も知らなかった

よ」

「ふーん」

 ファルは立ち上がって溜め息をついた。煙の中のことを思い出す。

 っとふと、

「ピン。そういえばあの爆発ってなんだったんだ?」

「う~ん。僕には分かんないピン。ただカンドゥさんは、ファルさんにも話した、僕を造った

液がどうだとか……。それが分かれば、何もかも分かると思うんだけどピン……」

「……そうか」

 いつの間にか夜は明け、すっかり明るくなっている。すがすがしい朝である。意心地は最悪

だが。

「ファル  なんでお前だけそんなとこにいんだよ! ひとりでサボってじゃね-ぞ! ピン

さんの機嫌とりなんかしやがって!」

「ああ、忘れてた! すまねえ!」

 ファルの仲間のようだ。剣を片手に怒っている。

「じゃ」

 彼も使用可能な道具を集めにいった。

 ピンはひとりで、道につっ立っている。

(……しかし、みんなよくこうまでやってくれるよなピン。なんでだろう。まあ、やってくれ

る分にゃ文句は全くないんだけど。ほんとなんでだ?)

 しばらく周りの様子をピンは見ていた。風が吹いて短い桃色の手を揺らす。ピンはその気持

ちよさに浸っていた。

(今までのことが嘘のように気持ちいいピン)

 白い煙で青空を覆われているがそれなりにいい眺めだ。ピンはまた上を向きながら、考えて

いた。

(そういえば、意識がある時から今まで、こんなふうに安らいだことなんてなかったピン。…

…こんな気分のいい中でみんなと力を合わせて工場を造っていく。カンドゥさんの気持ちも分

からなくもないピン。特にいつもひとりだったカンドゥさんにとっては……。よっぽどの夢だ

ったんだろうな)

 思い浸っていたピンの目前には、いつの間にか山のような武器が積まれていた。

 ガチャ!

 ドスッ 

 その後もピンの前では、騒がしい音がやむのに時間がかかった。

「もっと取ってきますんで」

「期待してください」

「これだけあればね……」

「絶対勝ちましょう」

 持ってくる度に必ず何か言葉を残し、そして集めに行く。

 既にピンの目前の道具は、全員使っても余りが出るくらいの量になっていた。それをピンは

ボーッと見つめる。っと気付いた。

(  そ、そういえばミドの野郎はどこに行ったんだ  みんながこんな中、苦労してるって

のに。あいつ、カンドゥさんと一緒に来ないどころか焼却炉に居たままで、……ピン? もし

や!)

 っとピンが俯き、手を額につけて考えていたその時!

 ドゥオーン!

「うぎゃああ!」

「ぎゃー!」

「ぐはぁ!」

 ものすごい音と同じにピンのところまで激しい爆風がきた。

 ピンの目は遠くの方に釘付けにされた。

 ふたり燃えて、死にかけている。他の男たちは駆けよっておろおろしているが、ピンは冷静

心を保った。

「昼にはちょっとばかりはえぇが、そろそろ始めさせてもらうぜ! くそピンよ! おめぇを

殺さねえと、気がすまねえんでな。ゲームなんて終わりだ。たった百五十人。んなもんいらね

え。ぶち殺させてもらう」
            ・・                            ・・
 反対側の、一応指導者、クラーク。あくまで、一応なだけに、言葉遣いがなっていない。所
    ・・
詮、一応なので見るからに脆弱な体つきだ。
                            ・・
「やっかましい,くそ著者! 一応は余計だ! いいかげん黙りやがれ!」
          ・・
 やはり、一応。言ってることが間抜けだ。

「こんのやろう! ぶち殺すぞ、クズ著者!」

 ……とまあ、アホな男は置いておいてそいつは大きな岩に乗ってでかい声、恥をさらしなが

らもピンたちの視線をこちらに向けた。周りから見たら本当恥ずかしい男この上なしだ……。

「おいおい、頼むからもうやめてくれよ、著者さんよ……。なあ、まるで俺が馬鹿みたいに聞

こえるじゃねーか!」

 そのとおり 

「ぐはあ!」

 そしてそいつは、少しショックを受けたようであったのだ。

 森を挟んでピンたちは向こうにいる。そいつからは丸見えで、……とにかくピンたちは危険

極まらない。

「おい。……もしかしてっていうか、絶対だな……。ピンたちのこと贔屓してるだろ」

 当たり前♪

「うおぁ! 目茶苦茶傷付いたぜ! 畜生! もうやけだ! 全軍、奴らを抹殺する! 撃て

!」

 命令したとたんに深い森から弾が雨のように飛んでくる。

 ヒューン……ドボボボッ

 もはや防ぎきれない。

「うわぁー!」

「助け  」

 辺りは燃え盛る人や嘆きなんかで、見れたもんじゃない。

 さすがにこの光景に、ピンはうろたえていた。
                マ ジ
「ま、まずい! 本当でやばい! みんな! ここにある武器や食い物……まずいかもしんな

いけど、とにかく適当に取って森ん中に隠れるんだピン! 急げピン! このままじゃ、この

ままじゃ全滅しちまうピン!」

 ピンは命じ、とりあえず前に積み重なっている中の短刀と小型銃  中に数個弾が入って

いるようだ  を取った。

 男たち(生き残った者)全員、走ってピンのいるところに向かう。

 ……が、それを待ってくれるほど、奴らは甘くなかった。

「死ね! 元同志よ」

 ドォーン!

 ボゴーン!

 遅くなった者たちは次々と倒れていく。

「くそ! ……もう駄目だ」

「あっちぃよ! ああ!」

「おい、ランディ! こんなとこで死ぬんじゃね……え……。ぐは」

 爆撃は続く。……P・U部隊はどんどん倒れていった。

「ゴードン! 君だけは……」

「ふざけんな! お前も生きんだよ、フォン!」

「……な、なんで僕がこんな目に……合わなきゃ……いけ」

 助かる者もいたが、そういう者はほとんど一時的なものだった。

 工場の跡地はもうぐちゃぐちゃに潰されて、火にのまれている。

 ピンは森の中に隠れていた。一部……、大半を失ってしまったが、それでもP・U部隊はな

んとか勝つ方法を考える。

(……そ、そういえば、ファルさんは?)

「ピン! お前は無事だったようだな。たいしたもんだぜ」

「ファルさん!」

 ファルは人の二倍ほどの大きさの大剣を持って、森の奥から元気そうにピンの後ろに現れた。
だが、足の先の方が切れているようで、血が少し出ている。

「なんとか助かったとはいえ、他の仲間が……。くそっ」

 ファルはまた、余計に悲しい顔で辺りを小さく見た。森の外は死骸と火、その二つだけだが、
異様な気味悪さを表している。

「くっそ! あいつらぜってえ許さねぇ! ぶっ殺す!」

「当たり前だ! 俺たちで潰してやるんだ」

「いきなり攻撃しやがって! 最低なやつらだぜ。特にあのクラークとかいう奴。見つけたら

即殺してやるぜ」

「俺もそう思った。許せねえよな、あの野郎。初めは猫かぶって後から本性発揮するような奴

なんて、最低なクズだ。特に奴の場合」

 ここでもやはり嫌われている。どこでもやっぱりクズなんだと、つくづく思わされたりしま

すなあ。

「やっかっまっしっい! って言っとろーが、著者  少しはほっといてくれ!」

 クラークはまだ岩の上だ。……情けない。

「でもどうする? 奴ら全員生きてるぜ。かなうなんてもんじゃねぇ」

「……だよな」

 ピンを含め十五人。全員不安に満ちた顔で小声で話す。

「……そういえば、爆撃の音がなくなったピン。弾がなくなったのかピン……」

「いや、そんなことはないでしょう。僕たちが集めてもあれだけ大量に武器が取れたんだから。
恐らく全滅したとでも思ったか、もしくは森の中でも戦闘に備えてるか、のどちらかといった

ところでしょう」

「あっ、アテリセ。生きてたんだピン! よかったピン!」

「どうも、おかげさまで。でも、死んでいった仲間に悪いような気もして……。なんだか、こ

う……」

 上手く言えないようで、アテリセは混乱していた。ピンの死角となる所に座っていたのだ。

 森のさらに奥から声が聞こえる。ピンだけに分かった。聴覚が大変優れており、並の人間の

約二十倍。だからといって近くで聞こえた音のせいで死ぬってことはないのでたいしたもので

ある。

 ってなわけで、ピンはよーく耳を澄ました。おそらく奴らの声だ。ピンが聞いているのに気

付いて、ファルたちも静かにしていた。

 全員誠意を持っていて、勇気もあり、心強いと思いたくもなるのだが、相手の勢力を思うと、
アリとゾウだ。だから余計にピンは、相手の行動を知ることに徹した。

 ……声が聞こえる。

「どうだ! あいつら何もする間もなく死にやがったぜ」

「ああ、全滅だぜ!」

「はっはっは! こんないい気分の日は久しぶりだ」

「暴行なんかするよりずっとおもしれーぜ! ま、あんまり変わらねえけどな」

 どうやらこちらにまだ生き残りがいることを知らないようだ。

(よし。不幸中の幸いってやつだピン。なんとかできそうだピン)

 ピンの不安顔が少しほぐれてきた。

 ファルたちは、さすがにピンのようにやつらが何を言っているのか理解できなかったので、

ピンの指示を待った。

 森の中は、もう昼だというのに外に比べ、異様に暗い。だが、隠れるのにはもってこいだ。

「どうっすか、ピンさん」

 ピンは振り向いて笑顔で答えた。

「みんな、よく聞いてくれピン。あいつら、こっちが生きてるのを知らないピン。このまま時

を待って逃げるのもいいピン。でも、それじゃあみんなの気がおさまらないと思うんだピン。

そこんとこがどうか、教えてほしいピン」

 少しざわめき始めた。

 が、その数秒後には返答。

「むろん、やるに決まってんじゃねえか。このまま黙っていられるか」

「そ。他の仲間にも悪いし」

「その分、俺たちがやったるんだ」

「ぶっつぶしてやろうぜ、隊長!」

 皆、やる気で、力が入っている。さきほどとは大違いだ。

「じゃあ、まずはやり方は、こうピン。たぶん、やつらはばらばらで動いているはず。少しず

つ後ろから奇襲をかけて殺していけば、少し、少しだけど減ってくピン。それでやるしかない

と思うんだピン。まともにやりあって勝てる相手じゃないピン」

「なーる。これはいけそうですね」

「よし、やったるぜ」

「お前そのセリフばっか」

「うるせぇ」

「とにかく仇をとってやろうぜ」

「おう」

 アテリセもファルも全員希望を持ち始めた。ピンも少しニヤついていたが、いきなり真顔に

なった。周りも合わせる。

「ちょっと静かにしてくれピン」

 遠くからまた奴らの声が聞こえる。

 っと、今度は指導者、クラークの声。

「みんな、あいつらは我々が全滅させた。なんだか分からないが、とてもいい気分だ。とりあ

えず今日は祝おうじゃないか」

「おう」

 ……再びピンはニヤけた。

「みんな、やつらは今日は宴会らしい。ここを思い切りつぶすんだピン。またとないチャンス

だピン」

「そうっすね」

「よっしゃあ!」

「ん? でも……」

 ファルが少し拒むように言う。ピンは振り向いてファルを見た。

「どうしたんだピン?」

「だってよ、集まっちまうじゃん。一部ずつ、じゃねえと人数が足りなすぎると思うんだが」

 が、ピンには余裕があるようだ。

「宴会だピン。たぶんこの付近でやるのは間違いないピン。……となると、円になってやる可

能性も高いから……。後ろから一人ずつ引っ張り出して倒してけばいいんだピン」

 ピンは笑顔だ。怪しいほどの笑顔。……が、ファルはまだ納得がいかず、

「でも、そんなことしたらすぐに分かっちまうんじゃねえのか?」

 言った。

「それはたぶん大丈夫だピン。おそらく宴会をやるのは夜。そう簡単には悟られないピン。し

かもやるのがこの森だったらなおさらだピン。分かりづらい」

「なるほどね」

 ピンはファルの理解に喜んで、剣を手ですりすりしながら息を吹きかけている。殺すのが楽

しみ、というか、仕事を成し遂げるあの快感、って感じの顔だ。

「でも、そう、うまくいくもんでしょうか」

「大丈夫ピン」

 あまり説得力のない答えなので、アテリセは不安だったが、残りの男たちは意外にピンの言

葉に安心感を覚えている。

 まだ昼になりかけだが、彼らは横になって眠そうにしている。昨日の工場を脱出した時から

ずっと寝ていない。ファル以外は……。

 そんな中で、ピンは短剣に、より磨きをかけている(つもり)。銃に弾が入っているのを確

認し、そばの石に座った。

「じゃあ、みんな。夕方になったら起こすから、それまではしっかりと眠ってくれピン。眠く

て戦ってもどうしようもないピン。絶対勝つピン!」

「おう……」

 アテリセは、大きな木に手をついて考えているようだ。他の男たちはいろいろな格好で寝る。
ファルはそう眠くもないので、大剣を意味もなくじっと見つめている。

(くっくっくっ。なんかかっけえよな。様になってるぜ)

「?」

 ピンには、変態そのものにしか見えなかったが、あえてそれは言わないでおいた。そして、

自然と石に座りこんだ。

(……ミドはどうしたんだろう。やっぱりあいつの仕業なんだろうかピン。……まあいいや。

それは今度考えることにして。……とりあえずここを乗り切らないと、カンドゥさんに申し訳

ないし、他のみんなが死んでしまったことに意味がなくなってしまうピン。僕が……、僕がし

っかりしなきゃなんないんだピン)

 真剣になって考えていた。ファルはそんなピンを離れた所から見て、ピンの言った言葉を思

い出した。

(……そういえば、あいつこんなこと言ってたよな。『カンドゥさんはそう言ったピン。工場

の改革が目標だって。僕はそれを手伝うために、つくったらしいんだピン。正直いって、うれ

しかったピン。生命を持ったことによっていろいろ見れたし。ファルさんのことも言ってたピ

ン。あいつは僕にとってたったひとりの仲間だって。だからさ、僕と一緒に工場を……。それ

がカンドゥさんの夢なんだピン!』……それだけピンはマジなんだろうな。よし、俺も奴のた

めにもこれからやるっきゃねえ!)

 ファルは、そう思いながら辺りを見渡した。

 石に頭を乗せて枕代わりにして寝ている男、虫が顔の上に乗っている者もいれば、鼻水の垂

れている者もいる。

 っと、木の陰に立ってこちらの様子を後ろ向きに窺っている者がいた。

「誰……だ?」

「……それは僕のことかな」

 大型銃を二丁、腰にかけて腕を組み、こちらを向いた者は、アテリセだった。

「……なんだ、あんたか」

 ファルは少し緊張感に襲われたが、ほっとして大剣を地に落として再び静かに腰を下ろした。
「眠れないのか?」

「……まあね」

 アテリセはさっきから考え事をしているようで、顔がかなり渋い。ファルには、そんな彼が

なんとなく、何かを決意しているようにも思えた。

「何を考えてるんだ? できることなら力になってやるぜ」

「君には関係ないことだよ」

「……そっか?」

 少しだけファルはムっとしたが、ここは我慢した。

「ま、人にはそれぞれ悩みのひとつやふたつはあるからな。……悪かった」

「……いや、いいんだ」

 アテリセは逆側を向いた。木を見ているのかどうかは分からないが、ファルはとりあえず黙

った。

 彼は少し退屈だったので、ピンに近寄った。

「なあ、ピン。……なんだ、寝てんのか。……縫いぐるみも寝るんだな」

 ピンは剣を頭の上に乗せて、石に足を乗せて眠っていた。怪しい寝方だったので、ファルは

石と剣をどかしてやった。

「むにゃあ」

(それにしても不思議だよな。縫いぐるみが動くなんて。カンドゥは一体なんの液をかけたん

だろうか。んん……。俺も眠くなってきた)

 ファルはどこまで意識があったか分からず、いつの間にか眠っていた。

 向こうからは騒ぎ声が聞こえる。鳥の声も聞こえたが、それらで打ち消され、本当に不機嫌

になる。そんな中で、アテリセは一人、静かに立っていた。

 少しずつ日は沈む。森の中からでもそれは分かる。空がオレンジっぽくなってくる。



「ぐわっはっはっは!」

「おう! 飲め飲め」

「かっかっか」

「ぎゃはは」

 ピクッ

 ピンは起こされた。

 向こうから騒ぎ声やらなんやらでやかましいことにピンはピキピキくる。もっとも普通の人

間では聞こえない位に遠い場所からの音だが。

 ピンは周囲を見渡した。全員寝ている。

「………。奴らの声だピン。さっそく祝福ってやつかピン。まったく……。もとはともに働い

てた仲間だってのに。殺して本当に宴会なんてやるとは、許せんピン! ……ん?」

 ピンは木の陰の男に気付いた。銃を持った男  アテリセがただ単に立っている。彼はこ

ちらに気が付いていないようだ。

 近づいてみると、じっと遠くの男たちの声の聞こえる方を凝視している。

「どうしたんだピン? 何か、あったのかピン?」

 驚いたようにアテリセは振り向いたが、驚きを無理に笑顔に変えて呟いた。

「なんだ、隊長か」

「……むむ、そんな呼び方されても、……嬉しいけど。でもどうしたんだピン? 寝てないよ

うだけど」

 再びアテリセは考え込んで俯いた。

 二人の間にはしばらくの間があったが、ようやくアテリセが口を開いた。

「隊長、僕、絶対にあいつらを……いや、あいつをぶっつぶします 」

「え?」

 ピンは突然のことで何がなんだか分からず、とりあえず押し黙った。

 アテリセは怒りに満ちているようで、口元がガチガチしていた。

「な、何かあったのかピン? いつもの君じゃないような気がするんだピン」

 アテリセは一呼吸おいて口を動かした。

「実は隊長、あの野郎、クラークって奴は、初めっから分かってたんです!」

「へ? 何を」

「……んん、分かってたって言うと、少し違うんだけど、あの工場は大抵の従業員は知らない

んですが、実は裏にそれぞれの隊長の、さらに『長』がいたんです。その中でも最高峰に当た

る男が、クラークを次期後継者にするって、決めてたんです。……だから、隊長に頭がきて、

反対するって行動に出たんです」

「ふーん」

 ピンはあまり動じてなかったが、アテリセは更に続けた。

「……それは僕にも分かりますよ。……ですが、奴はそうなるために、……というか、裏の幹

部どもの機嫌を取るために、僕の……僕の姉さんを殺しやがったんです 」

「………」

 アテリセの言葉には力が入っていた。ピンは衝撃的に聞いていた。

「その女の人は、……あの工場で働いてたのかピン?」

「……いえ。そうではないです。あの工場……というかもうなくなったけど。僕が働いている

のを時々心配になって見にきてくれたんです。そこを奴は、……クラークは見てたようで、目

障りだからって……。くそ! 僕には姉さんしかいなかったんだ。……たったひとりの。姉さ

んは優しかった。僕は、姉さんが大好きだったんだ。……だからこそ、奴を許さない。姉さん

が殺されたのを知った日から、僕は決意してた。あのクラークをぶちのめす、って。たまたま

奴が敵側についててよかったですよ。心残りなく殺せる。その前にたどりつけるか分からない

けど。僕は死ぬ前にあいつを殺さないと気がすまない」

 年は二十ほどの男、全身の筋肉の発達には目をみはるものがある。おそらく工場に入ってか

らついたものであろうその肉体は、傷だらけであった。他人と変わらない汚れた緑色の服を着

た、金髪の男。その男は今、怒りでいっぱいなのがピンには分かった。

「あ、ピンさん、いや、隊長、すみません。つい頭にきて……」

「いや、構わないでくれピン。それよりも君の気持ちが少しは分かったつもりピン。野郎を一

緒にぶちのめそう!」

「  ありがとう、隊長。全力を出し切りましょう!」

 アテリセはピンの応えに満足し、少し気が楽になったようで、そのままゆっくりと腰を下ろ

し、大きく息を吸った。

 そんなアテリセを見ながら、ピンはとことん思った。

(いろいろあったんだなピン。あの工場も)

 アテリセガ疲れて寝付くのを見届けて、辺りに注意をそらした。声や焚き火の音もする。

 ジュー

 焚き火の音とはいえ、肉を焼いているような音。本当に焼いているかもしれなかったが。

 アテリセが眠りについてからしばらく経ち、ピンはかなり薄暗くなってきているのに気付い

た。

(そろそろだなピン)

 やる気に満ち溢れた表情で、体をくねくねさせた。

「みんな、起きてくれピン。アテリセには悪いけど……。そろそろ決行したいと思うピン!」

 ピンの声で全員むくむくと起き出した。……起きない者もいたが。

「うわあ……」

「ねみぃ……」

「けど、やんなきゃな」

 眠そうだが、気合が入っているのは確実であった。

 ピンはとりあえず短刀を右手に握り締め、銃を左手に持つ。

 ファルだけがいまだに眠っている。

「起きてくれピン」

「……むに。昨日はペンが死んだんでか。……けへ 」

「は?」

 ファルは寝ぼけて、目がイッている。ピンは尾で顔を引っぱたいて起こした。

 その様子を横目で見ながら微笑を浮かべるアテリセは、二丁の銃を右手に持ち、左手で弾を

入れている。余りは胸ポケットにしまった。他の男たちも準備をしている。

 既に森の中は暗さに満ち始める。ピンたちはそれぞれ木の枝に火をつけて、持ちながら話を

している。

 何か明かりがなければ何もできないくらい真っ暗だ。星の光も全く届かない……この森は。

 ピンは目を光らせて十五人の男たちをまとめ、中心に立った。みな、真剣な眼差しをしてい

る。

「準備はいいかピン?」

「もち!」

「O・Kだぜ!」

「やる気も抜群!」

「ぶち殺してやろうぜ」

 全員大声で返事。ファルはまだ少し眠気が残っていたが、きちんと準備はできていた。そし

て、ピンは静かに息を吸い、尾を思い切り振った。

「みんな! P・U部隊、これからやつらの陣に突入するピン!」

「おう!」

「おっと、あまり大きな声は出さないようにピン。しぃー……」

 注意しながらピンは先頭に立って、辺りを見渡す。続いてアテリセがつき、再びファルが最

後尾についた。

 一列になって森をかきわけ、奴らに向かう。

 木々には、虫やら、毒を持った蛇なんかが出て、かなり危険だ。

 ……が、そんなことは構わず、ピンは進んだ。……自分は特別だということを忘れて。

「うぎゃあ  なんだこの虫は!」

「いで! 刺された!」

「気持ち悪ぃ!」

(こりゃ、まいったピン。戦う前にこんなことで大丈夫なのかピン……。ま、いっか。とりあ

えず進むピン)

 気にせずに進むピン。列は少し崩れたりもしたが、なんとか持ちこたえる。

「しかし、きついな、この森は。初めて来るからな」

「まあ、そう言わないでくれピン。みんなそれは同じなんだから」

 ピンの後ろの後ろ、つまりアテリセの後ろの男が弱音を吐いた。

「我慢だよ。ファイトだ。もう少しだからさ」

 アテリセだった。彼は後ろの男にいろいろと話しかけてやっている。

(アテリセはとってもいい奴だピン。仇を取れたらいいのにピン……)

 いつの間にかいろいろと考える猫になっていた、ピンは。

 次第に人の耳にも聞こえるくらいに近づいてきた。ピンの後ろが少しざわめき出した。

「静かにしてくれピン。うろたえてちゃ駄目ピン」

 普段より気合が入っている。自分も危険だということを考えていたのだろう。縫いぐるみだ

から死することはないとは、言い切れないもの。

 ピンたちは十分に注意して歩み進んだ。危ない森を。

 声が聞こえる……。

「おい、お前。踊れや」

 やはり焚き火があり、すっかり真っ暗な夜のはずが、妙に明るい。

 一応向こう側の指導者、クラーク。彼が隣の男にそう命じた。全く、随分と偉くなったもの

だ、こんな脆弱男が……。

「しつけえぞ、著者  黙れ! ……はあ、はあ……」

 いきなり疲れている。情けない男だ。

 とまあ、そんなわけでピンたちは奴らがいるすぐそばの木の陰に隠れていた。

「やっぱり、円になってるピン」

「ええ」

 奴らは焚き火を囲んで円になっている。人数が相当なもので、そこらの打ち上げに比べ、規

模が違う。

 その範囲だけ、木や草が刈り取られている。おそらく奴らがやったのだろう。

 ちょうど円の周りは、木々で埋もれていて、すぐ後ろにいてもまず分からないだろう。その

くらい覆われている。

 ピンは絶好の機会だと思い、P・U部隊に指示した。

「みんな、今から攻撃に入るピン。って、格好いいこと言ってるけど……。とりあえず、そこ

の手拍子してるハゲをこっちに引っ張り出し…… 」

「俺のことか、それは? いくらピンでもそれだけは許せんぜ」

 ファルが突然ピンの両腕を掴んだ。けっこう怒っているようだ。

「ノー  違うピン! あいつのことだピン! 手拍子してる奴、って言っただろピン!」

「……そっか。すまんな」

「で、そのハゲをこっちの森の方へ引っ張り出すんだピン!」

「O・K」

 なんかいけそうな気がする  ピンにはそう思えた。

「えーと、じゃあ僕が奴の、いや、んーと。じゃ、アテリセとそこの君が二人で片方ずつ、奴

の腕を思いきり引っ張ってこっちに持ってきてくれピン。その後は僕らでめった打ちにするピ

ン」

「分かりました。ラニ、君と僕だ。張り切っていくぞ」

「分かってるって」

 ラニと呼ばれた男、何も持っていないが腕には自信があるようで、証拠に上腕二頭筋がもの

凄く膨らんでいる。二人以外は、少しその場を下がった。

「じゃあ、頑張ってくれピン」

「はい」

「おう」

 ふたりは木々の陰、ハゲ男のすぐ後ろに立った。

 奴らには見えていない。

「じゃあ、せーの、で」

「分かった」

 息はバッチリ、ということを確信し、アテリセは構えた。既に二丁の銃はピンに預けていて、
両腕は空いている。

(少し緊張してきた)

 アテリセは自分の胸の鼓動がうるさく聞こえて、苛立ちを感じていた。ラニを見て、異様な

ほど落ち着いているのにはさすがに驚いた。ラニは実戦が多かったらしく、余裕だ。

「じゃ、いくぞ」

「おう」

「……せえの」

 ふたりは木の陰からハゲ男の腕を掴み、ピンたちの方まで引きずり出した。

「な、なんだ 」

 男はでかい声を出した。

「やっちまえピン!」

「おお!」

 全員で切りかかった。

 っとその時、でかい声 

「はっはっは! かかったな、ピンのくそやろう! お前らの負けだ! ハッハッハ 」

 その声の主は、奴らの中の、一応指導者クラーク。声は、焚き火のさらに奥から聞こえる。

 ピンたちは驚き、そっちの方へ視線を向け、注意深く目を凝らす。

「な、何 」

「そ、そんな馬鹿な」

「なんでだ……」

 それら驚きの声を断ち切るように再び大声を上げた。

「お前らが生きてこの森の中に入ったことくらい、あの高い岩の上からは丸見えだったのよ!

カッカッカ。この宴会も全て芝居よ! なかなかたいしたもんだろ? 森の中じゃ、戦い辛い

んでな……。お前らをおびきだして袋にするつもりだったのさ。ったく、そんなことも分から

ずにのこのこと……。かわいいやつらよ。ハッハッハ! 見物だぜ、こりゃ」

 森の中を掠れ声が響く。ピンは汗と恐怖でいっぱいになった。ファルも同様に凄い顔だ。

「こ、これはもう、終わりか……」

「もう……駄目だ」

 全員が諦めかけている。その中心で、……ハゲ男はくたばっていたが。

「全軍に告ぐ  やつらはすぐそこだ! 八つ裂きにしろ!」

「うおぁぁ 」

「突撃!」

 クラークは命令し、こっちにゆっくりと近づいてくる。手下どもはナイフやら剣やら、各々

いろんな武器を手にさげ、ピンたちに向かってくる!

 P・U部隊は力が抜けて、腰を下ろす者も出てきた。

「諦めるなピン! 最後の最後まで戦い抜くんだピン!」

 ピンはいつでも冷静だ。その言葉に響きがあり、やる気が出てきた。

「そうだよな。そのためにこんなことしてんだから」

「そーゆーこと!」

「死んでった仲間に悪いしよ。少しでも仇を取ろう! これが俺らの目標だぜ!」

「隊長、俺たちはやるぜ!」

「その意気だピン!」

 ピンの言葉で、十五人全員が立ち直ってくれた。

 っと、

 ズバァ

「ぐふぁあ! ファル、助け……」

「キャス! ちくしょう  貴様ら、全員ぶっ殺す!」

 ひとり、鉄の斧で左肩を心臓まで裂かれた。ファルは大剣を持って切りかかる!

「死ねや!」

 ジュバー

「うおあぁ……」

 ひとり、奴らの中の男が死んだ。

 ピンたちはじっと見つめたままだ。ファルは振り返り、叫ぶ!

「みんな、何やってんだ! 戦えよ! お前ら、こいつらに仲間殺されて今まで何も思わなか

ったのか  」

 ズザア 

「うがあぁ!」

「ファル!」

「早くしろ……。ピンも……」

 ファルは腹を小型ナイフで刺されたが、すぐに反撃した。

「そ、そうだよな。やるっきゃねえんだ!」

「うぉあ!」

 他の男たちもどんどん敵側に攻撃していく。ピンは銃を構えた。

「ぶちのめすピン!」

 ドン、ドン、ドン……ドン!

「うおあ……」

「  ………」

「かは」

 連続して撃ち殺す。アテリセもピンと並んで撃ちまくる。敵も次々と死んでいくが、量が多

すぎだ。

「……もちこたえてくれピン  もう少し、もう少し……」

 ドン……ドン!

「ぐお!」

 銃のせいで、森が少しずつ燃え始めた。向こうは砲弾もある。

 ヒューン……

 ドグォーン!

「うわぁぁ」

 またひとり。

 ブジャアァ

「ぐえ! 隊長……、後はたの……」

 血が滴る。P・U部隊は次々と人数を減らしていった。

「くそぉ! ふざけんじゃねーピン!」

 ダダダダッダ

 連射し、即、敵を減らす。弾は多数用意したのでその心配はないが、圧倒的に数が多すぎる。
「じへぇ  ピン……! たす……」

「ファルさぁーん 」

 ファルは頭を、真上から剣でバッサリ裂かれ、とうとう倒れた。そして数秒後には、死んだ。
ピンはそこをじっと見ていた。

 ズバァーン!

「くふぉ」

「待て、死ぬな! ぐあぁ!」

 他の者たちも傷付いた。

 手榴弾を投げてくる者もいて、目茶苦茶な状態。

 向こう側の死亡者も少なくなかった。森の焼ける箇所も増えていく。
                    マ ジ
(こ、このままじゃ、本当で全滅しちまうピン!)

 思ったがどうしようもなかった。額を汗だらけに、尾をブルブルと震わせている。

 工場跡へと、森の被害は激しくなっていく。全体が火にのまれかける。

 既にピンは冷静心を失っていた。

 ボァーン!

 ドガーン

 ドドドドッ

 だが、爆撃は止まらない。

 何の術もなく、おろおろするピンは、死ぬ気で叫んだ……。

「ちっくしょぉー 」



 ……火、人の叫び声、爆撃や助けを求める声が静まり返ったのは、それから三日後のことで

あった。





                 第三章 一時の休息には…





「まぁ、そんなわけで激しい戦乱の後、僕らは勝ったんだピン」

「へ? 負けたように聞こえたんだけどミ」

「負けてたらここにいねーピン」

「いない方が良かっ……げぇ!」

「何が言いたいのかなピン?」

「い……いや、なんでもねーピン。それよりよく切り抜けたなミ。おめーのような下等生物が

……ぐふぁ!」

「てめーに言われる筋合いはねーピン!」

 ピンはとりあえずミドの耳を捕まえて、引いた。

「いってぇ、やめろミ」

 ピンは少しやり過ぎたような気がして、少々やめてやった。

 ミドは安らぎを手に入れ、ピンから一歩下がって、呼吸を慣らし、座った。……足はないが。
「けど、その話によると俺がやったって分かってなかったような気がするんだけどミ」

「……まぁ、それは後で言うピン」



                                    



 P・U部隊とP・U反対派の戦争らしき戦争が終わってから早一年、P・Uはとりあえずそ

の地を去った。

 工場跡地、森は全て焼かれ、何もない。空気は汚れていて、風もなければ水もない。

 ……最低な地となった。

「ふぅ……、ここまで来ると、さすがにあの腐った臭いは消えるピン」

 P・Uは元工場の周りの、ものすごい広範囲に広がっている、焼け焦げた森を抜けた。

 いつまでも続いていそうな一本の砂の道を歩き続ける。先には何も見えない。

 道の横には、両側とも広い砂地。

 さらにその砂地の向こう側には広大な海が見える。綺麗で澄んでいる海だ。

 森を越えたここは、くらべもんにならないほど、美しさに満ちる。

「なかなかいい眺めでしょう」

 金髪の、筋肉の豊富な男、U・U・U工場の服を来た、手ぶら、さっきまでは何かを持って

いたような跡が残っている。

「僕はこの工場に来る前は、向こうにいたんです。ちょうど二年前くらいかな。ライシャルと

二人で来させられたんですよ。な、シャル?」

「……うん」

 この男も、アテリセたちと同じ服装で、少しおとなしい彼はライシャル、仲間には一般的に

シャルと呼ばれている。

「こんなとこ早く抜け出してもよかったんですけど、まああえて。他のみんなは大抵ここが島

だと思っていたようで、逃げようなんて考えていなかったようです。まあ、知っていたところ

で逃げようとしてもどうにもならないですけど。……? ピンさん? やっぱりまだ元気ない

ですね。早く立ち直った方がいいですよ」

「でも、生き残ったのは僕たちあわせて三人。……他のみんなが……、……寂しいピン」

「仕方ないですよ。それでも勝っただけマシじゃないですか」

 ピンを挟んでふたり。アテリセとライシャルが歩く。

 道は一本道。彼らを阻むものは何もない。

 工場にいた時よりも比較的涼しい風が吹く。

 ピンは気持ちいい気分だったが、死んでしまった者たちのことを考えると、……少しだけ心

が重くなってくる。

(ファルさんも死んじゃったピン。これからどうすればいいっていうんだピン。このふたりと

……)

「っと気合いを取り直して……。隊長、これからどうするつもりなんですか? このままずー

ーーーっと歩けば、大きな街がありますけど」

 彼は自分が少し知っているので、なんかいい気分。

 鼻を擦りながらピンを見る。

 ピンは眉を上げた。

「何もすることないし……、そこに行くしかないピン。工場について何か分かるかもしんない

し……」

「そっすね。けっこう距離ありますけど、そんなことはどってことないっす」

「……アテリセ、君、仲間が死んだのに、よくそんなに明るくなれるねピン」

「終わったことは仕方がない。大切なのはこれからってヤツです。それに……」

「……あ、なるほどねピン」

 アテリセは妙に気の晴れた顔と素振りである。

 シャルには理解できなかったようだが……。

 ピンはそんな彼を見て言った。

(おねーさんのかたきがとれて、スッとしてるんだろうな)

 ついでにライシャルも見たが、アテリセとは正反対の表情で、今にもナイフかなんかで手首

を切って大量の血を流しながら地獄にでも落ちたいって感じだ。

「……そんな、そこまで言わなくても」

 ピンは明るさを取り戻して笑顔になった。

「じゃあ、とりあえずこれからが肝心だピン! 張り切っていこー」

「はいっ!」

「そうですね……」

 ピンたちは歩く。

 砂漠のようなところ、だが涼しい風が青い空のもとを吹き抜ける中、海の見える地を。



 一本道を数時間歩いて、そして日が沈む頃、やっとのことで街にたどり着いた。

「へぇー。ここが街ってとこかピン。でっかいピン」

「? 初めてなんですか?」

「そうピン。まだ生まれたばかりだから。しっかしおもしろいところだピン。いろいろあって」
 高い壁があったが、それは周りの侵入者などから守るためであろう。

 門には二人の門番が武装していたが、ピンのような物体は初めてみる、という口実で、珍し

がって特別にも中に入れてもらった。

 かなり大きな街だ。

 他世界に行っても、これだけの街はそうは見つからない。

 村や道端にただ建っているような通常の家々の四、五倍は軽くありそうな建造物が、三軒ず

つ、区画に立てられており、そのほとんどが店のようである。

 住居はもっと奥の方にある。

 ピンには初めてみるものばかりで、田舎者のように辺りを見渡している。そこをふたりは後

ろからいろいろと説明をしてまわる。

 ピンは好奇心を丸出しにして飛びつく。そんなこんなでピンたちは街巡りをしていた。

「そういえばピンさん。べつにこれからは工場にこだわらなくてもいいじゃないですか? 他

にもいろいろとあると思うんですが」

「いや、カンドゥさんと約束したんだピン。なんとしても工場を建てるんだって。どうするか

分からないけど。だからこそここに来たんだピン」

「そこまで言うんなら、僕はいっこうに構いませんけど。今まではピンさんのおかげですし。

ついていきますよ」

「ありがとピン」

 一画にピンたちは止まった。

 っと、アテリセが思い出すように顔を上げた。

「ところで隊長。あの工場が突然爆発した理由って知ってます?」

「え? ……もう必要ないと思うけど。一応、何ピン?」

「まあ、あくまでこれは噂なんで……。でもその噂を聞いているのも少数でして。とは言って

も、僕たち以外は皆死んでしまったから、知っているのは僕一人? だよな」

 アテリセはひとりで言ってひとりで納得していたが、即真面目になり、

「実はですね  」

 ダダダダダッ

 突如銃声が鳴り響き、アテリセは途中で言葉を失った。

 三人は、大通りに急いで出た。

 市民は騒ぎながら逃げていく。その中には既に撃たれて死にかけている者もいる。

「なんだ?」

 大通りのちょうど真ん中、黒いマスクを被った三人組が、銃を構えている。

 その中のひとりの腕の中には黒い大きなバッグがひとつ。ジッパーが少し開いており、中に

は何束もの紙が入っている。

 ピンは人並みはずれた視覚でそれを捕らえた。

「えーと、奴らが持っている鞄の中には、……なんかたくさん紙が入ってるピン。あれが『金』
ってやつかピン?」

「何? 本当ですか? ってことは、強盗なんかだな」

 アテリセはとりあえず辺りを見渡した。

 大通りには十人ほどの人が倒れている。他の人々はほとんどが逃げ隠れたようだ。

 三人の男は、ただ立ち止まっている。

(何やってんだ? 普通ならすぐに逃げるはずなのに)

 三人組は周囲をキョロキョロと見ながら動かない。

 タッタッタッ

 大通りの先から、三人組を挟み、奥からも大勢の警官隊が盾と銃をそれぞれが持って走って

くる。

 奴ら三人組はうろたえているのだ。

「やべえぜ。どうします、兄貴?」

「とりあえず逃げるっきゃねーだろーが、このクズ!」

「……とにかく急がんと」

 三人組は近づいてくる鶏冠の群れに銃を向けながら、視線を周囲に向ける。

 っと、ちょうどアテリセの目と合った。

「よし! 向こうの変な二人のそばの路地を通るぞ」

「え? あんな狭いとこをっすか?」

「ぐだぐだ言ってねーで急ぐぞ」

「ふう」

 三人組は慌てた顔でこちらに向かってきた。

「な! なんかやばいピン! こっちくるピン。とにかく逃げるピン!」

「おう、隊長!」

「……」

 ピンは路地の方を向いて、走り出した。二人も続く。

 三人組はそれを追いかけるように向かってくる。

「待ちなさい! 君たちは既に我々に包囲されている!」

 警官隊の声。と同時に走って近づいてくる足音。
                                                  ・・
「こ、これはけっこうやばいっすよ! 隊長、俺たちもせいにされてるみたいで!」

「んなこた分かってるピン! とにかく逃げるんだピン!」

 走りながら話すおかげで、余計にアテリセとシャルは疲れが増した。が、ピンには影響無し。
シャルは無言で走る。

 小さな路地を三人は走る。その後ろに三人組、さらにその後ろからは警官隊がギャーギャー

騒いで押し寄せる。

 ピンたちと三人組との差は次第に狭まり、手を伸ばせば届きそうになったところで、三人組

の親玉が真っ赤な顔で鬼のような声で叫んだ!

「そこのガキども、どけい!」

 そしてそいつは持っていた銃を走りながら構え、

 ……撃つ!

 ドキューン!

「うぉわあ!」

「  アテリセ! 大丈夫かピン 」

 アテリセの頭のちょうどど真ん中に弾丸は命中!

 シャルは隣で走っていたアテリセの頭からあふれ出る血と、だんだんと動きの鈍くなってい

く彼の体を見て、絶叫した。

「アテリセ--!」

「止まっちゃだめピン! 殺されるぞ!   そこの脇道に入るんだピン!」

 ついにアテリセは倒れ、三人組は気にもかけず、彼を踏みつぶしていく。

「た、たちょ……。今、さき、すみま……せぐあ……。はあ………か。……くほおあーー!」

 アテリセは苦しみを我慢し、最後に叫んだ。

 ピンには、走りながらだったがその声がかすかに聞こえていた。

 やむなくシャルとピンは、離れた脇道にそれて、なんとか振り切った。三人組と警官隊はそ

のまま走っていってしまった。

「……ちくしょう!」

「………」

 シャルは、脇道を少し進んだところのパン屋のような建物の横の花檀の前で、屈んで泣きま

くっていた。

 ピンは立ちすくみ、何も言うことができなかった。

「……シャル」

「……くそぉ! 隊長! アテリセをここまで連れてきましょう! そのくらいはしてやらな

いと  」

「駄目だピン! 今行っても警官たちで……。しかも僕たちが犯人にされちまうピン!」

「じゃあ! ……ちくしょう……」

 いつも無口で静かなシャルが、今回は取り乱している。

 ピンは仕方なく時を待った。

(なんで……? なんでいつもこうなるんだ……ピン? ただ、工場の再建の参考に、ってこ

の街に来ただけなのに)



 近くから、正確に言えば近くの店から変な声が聞こえる。

(なんだピン?)

「……なんと世にも不思議! 怪しい縫いぐるみが話すんだミ! 触れてみたい  」

「ん? どこかで……」

 どこかで聞いたことのあるようなその口調に、ピンは起こされた。

 二人はいつの間にか、店のそばで眠ってしまっていたようだ。

 隣でシャルが、疲労と悲しみが重なり、眠っているのを、ピンはあえて起こさないようにし

て起き上がった。

 さきほどの声を抜かしては、とても静かな夜の街だ。すっかり暗くなってしまい、人通りも

かなり少ない。

「……もう騒ぎは済んだみたいだピン」

 さっき走ってきた路地に出てみた。なぜか余計に薄暗く感じられる。

「……?」

 その道を、元来た方向に走った。

 途中、かなりの血がコンクリートに染み込んでいる。既に乾いてはいるが。

「……アテリセの血……。でもアテリセは?」

 ピンはしばらくの間、周囲を見渡してみたが、警官隊が運んでしまったのかアテリセの姿は

なかった。

 諦めてシャルの元へと戻った。

「……アテリセ」

 笑顔で寝言を言っている彼を、ピンは気の毒に思った。

「この街の、なんか参考になるものを探さないと! 来た意味がまったくないピン! 探すっ

きゃねーピン! ……?」

 ピンの視線は、パン屋のようなものの建物の二軒先にある大きな店に釘付け……とまではい

かないが、そのくらいの間止まった。

(さっきの声も、確かあの店の中からだピン。なんの店だピン?)



 「にゃー」

 猫の泣き声……。かなり近くだ。

「……ん? なんだ?」

 シャルは目を覚ました。

 顔の上には、茶色の猫の顔がある。

「どわっ 」

 突然大きな声を張り上げて跳び起きた彼に驚いた猫は、光が多量に漏れている店に走りだし

た。

 何かその猫に感じたものがあり、シャルはついていくことにした。

「……そういえば、アテリセは、……死んだんだよな。くそっ。……ん? ピン隊長はどこに

行ったんだ?」

 シャルは周辺を見渡し、円を描くように歩きはじめた。

 既に閉まっている店が多く、この辺で開いている店といったら、パン屋の二軒先のあの店だ

けだ。

「まいったな。これからどうすればいいんだ? あれ? 隊長じゃないのか、あれは?」

 シャルは、その店の出口で中を凝視して硬直しているピンの姿を発見した。

 ピンは立ち止まったままだ。シャルは何かと思い、近寄って店の中を覗いてみるが、別段変

わったものはないようだ。

 正面にいきなりカウンター。その向こうにはきちっと身なりのいい男がグラスをふいている。
台を挟んで、何人か飲んでいる。酒場だ。

(なんだ? 初めてきたもんだから、驚いているのだろうか)

 そう思いながら、気休めのつもりでピンの背中を触った。

「まーまー、驚かなくたって大丈夫ですよ。どこにでもある酒場……ん?」

「見つけたピン……。あいつ、こんなところにいやがったピン!」

「え?」

 ピンの視線は、正面よりも多少右側にずれており、たかっている客のほうだった。

 普通に見ただけでは分かりにくいが、……だがよーく見てみると、客の透き間には大きな樽。
 その上には緑色の怪しい物体。緑色の毛を全身に覆わせた野球の球くらいの大きさで、そん

な形だ。耳を二つ立て、小さな丸い尾を携えて、さらには黄色いリボンを付けた手足のない物

体。生物ではない。

 ……その物体は……

「さあさあ皆さん! こんな喋る縫いぐるみなんて、この世の中どこへ行ってもございません

! ちなみに僕の名前は『ミド』。見たい人、触れたい人、話がしたい人、殺したい人……。

そんなことを望む人は、おひとり……ん? なんだミ?」

 その物体  ミドは周囲にいる客の透き間から、桃色の小さな猫が、今にも襲いかかって

きそうな気配で、こちらを向いているのに気付いた。

「……あれは確か……。あんときの猫。ピンだったっけかミ」

 ミドはしばらくピンを見ていたが、なんだか殺されそうな気がしてきた。

 ピンを見ていたシャルは、ようやくミドリ色の毛の物体に気付いた。

「……な、なんだあれ?」

(ふっ。やっと見っけたピン。カンドゥさんのかたき! ぶっつぶぅす!)

「ピーーーーーーン!」

 声とともに、樽の上のミドに向かって跳んだ!

 周りにいる客は驚いて避ける。飲んでいる客も、ピンたちの間をかなり空けている。

「ゲッ! なんだミ 」

 ミドは樽から素早く降りてピンの方を振り返った。

 ガゴーン!

 樽に突っ込んだ穴からは紫色の液体が流れはじめる。ワインかなんかであろう。

 ミドの毛の中にその液体が染み込み、たちまちミドは紫と化す。

「いざこざは外でやってくれ!」

 主人は叫ぶが、ピンは聞いていない。

 客のほとんどが出て行ってしまい、店はいつの間にか静かになっていた。

「な、何すんだミ! ってまた 」

 ピンはミドにすかさず襲いかかる!

「っと、俺が何したんだミ! やめろミ!」

 高速で店の外へと向かう! 外は既に真っ暗だ。さらに静かすぎて不気味でもある。

「おいおい隊長! どうしたんですか。その緑色のはなんなんですか? なんか変な動きして

ますよ!」

「変は余計だミ!」

「ぶっ!」

 ミドはついでにシャルの顔を突き飛ばして逃げる。

 シャルはうろたえ出口で焦る!

 ついで、主人は頭を抱えている。

「待っちやがれピン!」

 静かな夜に、騒ぎ声。

「ま、待ってくれミ!」

「お前が待ちやがれピン!」

 ミドは店から一直線の大通りに出て、街の北の方へと向かって走った。

 真っ暗で何もないってくらいだが、気にせずに走る。

 時々、つまづくがそんなことはおかまいなしに走る。

 ピンがその後を追う。酒場からはどんどんと離れていく。

「おーい! ピーン隊長! 俺はどーすりゃいーんですかぁ 」

 シャルは立ちすくんだままピンたちの方を向いていた。

 ピンはシャルを置いたまま、とりあえずミドを追った。



 何日も、何日も……



                                    



「何日も、何日もって、……まあその言い方はべつにいいけど。けど何がおもしろくて一年も

てめーなんかを追いかけなきゃなんねーんだピン! とっととつかまりゃよかったのによピン

!」

「……じゃあ追わなきゃよかったじゃねーかミ」

 ドガッ

「いで! しかし、俺がいない間にいろんなことがあったんだなミ」

「ああ、そうだピン。お前のせいでとことん体力を消費しちまったピン。ま、けどとりあえず

そこんところの復讐したことだし……」

 ピンはとりあえず話し疲れて溜め息をついた。特に意味はなかったのだが、復讐を終えた一

息って感じだ。

 ミドはそんな中、風に吹かれながら静かに空を見上げていた。

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